ひとりよがり
1話
『まもなく東京。東京です。お忘れ物のないようご注意ください』
優しい声のアナウンスを耳に入れ、座りっぱなしだった重いお尻をあげ、キャリーケースを手にして、誰よりも早くあと5分で開くドアの前に立つ。
ズボンの右ポケットに入った携帯が小さく揺れる。
「はい」
『よう、もう着く?』
「うん、どこいけばいい?」
『中央改札口。出たら目の前に大きな柱あるからそこにいるわ』
「了解」
携帯をポケットにしまうと同時にドアが開き、東京の汚く乾ききった風が喉に違和感を覚えさせる。
ちいさな咳払いをし、おおきく広がったホームの天井から飾られた案内板を見て、出口を目指す。
人をかき分け、改札を見ると出方がわからなくて困っている人たちが駅員に話しかけ、改札をふさいでいた。
「すいません、こっちからお願いします」
無愛想で慣れた口調で案内する駅員。その前を通る。
「貴大」
「大樹」
「お疲れ、何か荷物持つか?」
「あ、悪い。これお願い」
山田大樹(やまだひろき)。小中高と仲の良かった唯一の友達。
地元は一緒だったが、機械を専門にやりたくて大樹は僕より先に東京にきて、某有名な大学に進学し、大手企業に就職していた。
今日からは大樹と毎日を共にすることになる。
「山手乗って、高田馬場」
「おう」
大樹の背中についていき、3分に1本の電車に30分弱揺られ、大学生が歩き回る駅につく。
早稲田口を出て、人の波の間を通り、タクシーを捕まえる。
「ここまで」
「はい」
トランクに荷物を入れ、運転手に住所を渡し、タクシーに乗る。
1000円にも満たないタクシー代を払い、白く高く建てられたマンションに着く。
「オートロック」「20階建て」「3LDK」「ふたりで12万」とは大樹に聞いていたが、さすがに地元にはこんなものはなかった。

「何階?」
「12」
合鍵を大樹から渡され、エレベーターに乗り込む。
元々お互い口数は少なく、マンションに着くまで盛り上がるような話はなかった。
1207と書かれたドアに鍵を入れ、ドアを開ける。
「うわーすげー。広いな」
「だろ、なかなかだぜ。俺は新宿で貴大は東西線で大手町。ちょうどいいし、高田馬場は店も色々あるし、便利だ」
「確かに」
「貴大の部屋は右の部屋な」
「お、さんきゅ」
「荷解き終わったら飲みに行こうぜ」
「うん」
部屋に行くと綺麗に並べられた4つの箱が目に入る。7.5畳と少し広めの部屋。嫌いじゃない。
むしろ、ちょうどいいくらい。
荷解きも一時間弱で終わり、リビングに行くと大樹がメモをとっていた。
「なにそれ」
「あぁ、明日、お前の病院いくついでに軽く買物したいから、必要なものリスト」
「そっか、俺も書いとこ」
「終わった?」
「うん、行く?」
「だな」
少し歩いたところにある個人経営の居酒屋に入り、思い思いの物を頼み、ビールやカクテル、日本酒を口にしながら、思い出話とこれからの事を語り合い、3時間以上居座り、店を出た。
「久しぶりにこんな飲んだわ」
「俺も。戻る?」
「家でも少しのもーぜ」
苦笑いをしながらも、スーパーに入り、カゴを手にして、缶酎ハイとワインを手にしていると大樹が「おっ」と笑いながら消えた。
「え?大樹?」
「ちょ、大樹さん?なんでいんの?!」
ショートヘアに細く柔らかそうなほっぺたの女の子が酔っ払った大樹に肩を貸していた。
「あ、ご、ごめんね!」
カゴを床に置き、女の子から大樹を剥がす。
ふぅっと小さく溜息をついて、女の子は僕を見る。
「大樹さんのお友達ですか?」
「あ、うん。大向貴大です。君は?」
「井上美琴です。あの、もしあれだったら、お家まで行きましょうか?」
「え?」
美琴ちゃんが少し離れた僕の置いたカゴを見る。
「あ、あぁ…」
「私、隣のマンションなのであの荷物係として行きますよ」
大樹は寝息を立てていた。
「ごめん、お願いしてもいい?」
「はい。お会計も一緒にしてきますよ」
「ありがとう、これお金」
財布から一万を出し、手渡すと美琴ちゃんは自分の買い物カゴと一緒にレジに並ぶ。
先に店から出て、駐車場の石に腰をかける。
数分すると美琴ちゃんが出てきた。
「おまたせしました。行きましょうか」
「うん…大樹、乗って」
大きく大樹の肩を叩き、背中に大樹を乗せLEDライトで照らされた大きな歩道を歩く。
美琴ちゃんは大樹の寝顔を写真に撮りながら笑っていた。
「美琴ちゃんは東京出身?」
「いや、箱根です」
ひとしきり写真をとって満足そうな笑顔で僕を見てはにかむ。
「仕事でこっちに?」
「はい」
「そういえば、何歳なの?」
「21ですよーよく、見えないって言われるんですけどねー未だに年確されるんですよねー」
「確かに、されそう」
「ひどーい!別にいいけど、さすがにね。プライドがね!」
「まぁ、俺も21の時年確されまくった」
「あー!されそう!だってカワイイ顔してるし、いまもまだ少しされるますよね?」
「う、うん…」
美琴ちゃんは手を叩いて笑う。
「なんの仕事してるの?」
と質問すると美琴ちゃんは手を止め
「内緒ー大樹さんと少し関わりがあるくらいかな」
「えー?」
「でも貴大さんは来週くらいに分かると思いますよ」
「え?どういうこと?」
「ふふー♫」
そんな事を話している間にマンションの下まで来ていた。
「上まで行きますよ」
「ありがと」
エレベーターに乗り、部屋の鍵を美琴ちゃんに開けてもらい、部屋に上がり、大樹の部屋に大樹を寝かせ、リビングに戻る。
「大丈夫そうですか?」
「うん、何とか」
「大樹さんったら、そんなに強くないのに」
「まぁ、嬉しかったんじゃないかな」
「かもね。じゃあ、私は戻りますね」
「下まで送るよ」
「はい」
下まで美琴ちゃんを見送り、部屋に戻り、眠りにつく。


翌朝

「…ん」
少し重い瞼を開け、携帯に手をかける。

【AM9:31】

大きなあくびをしながら、体を起こし、10秒止まり、ベットから離れ、リビングに行く。
「おはよ」
大樹がテレビを見ながら、くつろいでいた。
「二日酔いは?」
「ねーよ。お前は?」
「ない、昨日帰ってきてから吐いたから」
「実は俺も」
「1回起きたの?」
「うん」
コーヒーを作り、一口飲み、ソファーに腰をかける。
「どうする?何時くらいに行く?」
「シャワー浴びてからでもいい?」
「うん、じゃあ、11時くらいか?」
「だな」
コーヒーを飲み干し、タオルを持ち洗面所に向かい、鏡で自分を見る。
お酒のせいか少し浮腫んでいた。僕は浮腫を取るために両手で顔のお肉をぐるぐるしてから、シャワーを浴びた。
全部の準備が整い、地下にある駐車場にいき、大樹の運転で買い物に出た。
日用品や家電、食器。片っ端から買い揃え終わって時間を見ると【17:13】。
「後は食料かな」
「だな」
荷物を車に置き、ショッピングセンターの中にあるスーパーで食品を買い、車に乗り込み、運転を交代し家に戻る。
家に着くなり、買ったものを箱から出したりでバタバタしていた。
落ち着いた時間も時間で、体力も限界だった。
「あー疲れた」
「飯どうする?」
ソファーの上で項垂れている大樹に問いかけると、ハッと目を見開き携帯を耳に当てた。
「もしもし?今何してる?
 うん、じゃあ今からきてよ!」
「え?」
「じゃ、よろしくー」
「大樹?」
「美琴ちゃんが今からくるよ」
「は?」
答えを聞く前にインターホンがなる。
美琴ちゃんの呆れ顔がカメラに映しだされていた。
解除のボタンを押し、数分で美琴ちゃんが入ってきた。
「いらっしゃい!美琴ちゃん♥」
「もー私も疲れてるんだけど」
「とかいいつつ、来てくれる優しい子♥」
2人のやり取りの間に挟まれながらも状況が把握できずにいる。
「貴大さん、なにか嫌いなものありますか?」
「え?」
「はい!俺肉じゃが!」
「貴大さん、なにがいい?」
大樹を無視しながら、両腕の袖を巻く。
「えっと…嫌いなものはない」
「わかりました」
冷蔵庫を開け、人参、玉ねぎ、じゃがいも、豚肉など主な野菜を出し、包丁でリズム良く、美琴ちゃんが料理を始める。
「なにか、手伝う?」
「あ、大丈夫ですよ、座っててください」
きっぱりと断られ、僕は大人しく座る。
時間が経つにつれ、調味料の匂いが鼻を掠める。
静かに僕のお腹が鳴り、慌ててお腹を右手で押さえ、美琴ちゃんを見る。
美琴ちゃんは集中してるのか自分の手元を見ていた。
大樹はパソコンとにらめっこをしながらも、テレビをチラチラみて、何をしたいのかわからない。
僕らは25歳で21歳の美琴ちゃん。大学生のノリならまだしも、年下の扱い方が大人ではない。
「よし…
 あの、貴大さん、お箸とか並べてもらっていいですか?」
「あ、うん」
台所から箸と茶碗を3人分手にして持って並べる。
美琴ちゃんが出来上がった料理を綺麗にテーブルに置いていき、大樹を呼ぶ。
「うーわ!うまそ!」
白いご飯。わかめと豆腐の味噌汁。ひじきの煮物。卵焼き。肉じゃが。
短時間で作ったとは思えないくらいのクオリティ。
「いただきます!」
美琴ちゃんが僕の隣に座り、静かに両手を合わせて『いただきます』と言うのに吊られ僕も同じことをした。
味噌汁を口にし、びっくりした。
かつおと昆布の風味を殺さないように作られた温かみのある味噌汁。
「う…うまい!」
思わず美琴ちゃんを見る。
「ふふ、良かった」
目が合って、すぐに笑ってくれた美琴ちゃん。多分、今時の女の子は料理できる子は数えられるくらいしかいない。すごい子だなって思う。
がつがつと大樹は食べてはお米のおかわりを3回していた。
食べ終わると、美琴ちゃんが片付けをしようとしたのを僕は止めた。
「いいよ、これくらいは俺らがやるから」
「え、でも…」
「すごい美味しかった。ありがとう。ケーキあるから、食べてゆっくりしてて」
「…はい。ありがとうございます」
ケーキの箱とスポンジを交換し、リビングにいる大樹の隣に美琴ちゃんは座った。
ケーキを目にして、嬉しそうに笑う2人は兄妹みたいですこし可愛かった。
洗い物もケーキも無くなり、リビングで3人でくつろぎ、時計が0時を指そうとしていた。
「私、そろそろ」
大樹が顔を上げ
「じゃー送るわ」
立ち上がり美琴ちゃんの手を引く。
「おじゃましました」
「ありがとうね」
フォークを洗い、ゴミを片付けテーブルを拭き終わるころには大樹は戻ってきていて、歯を磨いていた。
「あのさ、美琴ちゃんって」
「ぅんぁー?」
「いや、なんでもない」
(今、聞いても聞き取れないや)

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