ひとりよがり
東京にきて2日目の朝はひどく暖かく、空気が嫌なくらい喉に違和感をカンジタ。
「大向先生、次の方です」
整形外科に配属された僕は出勤2日目にして、顔が覚えられないくらいの人を診察していた。
田舎と違うところはやたらと怪我人が多い所。だから、患者もかなりの数がいて、医者もそれなりにいた。
僕の他に3人。そうじゃないと見きれない。
「捻挫ですね、全治2週間です。折れては無いですけど、悪化しないように気をつけてください」
「はい」
「大向先生、次の方で最後です」
(やっとか…)
「え、貴大さん」
「美琴ちゃん」
「あら、お知り合い?」
看護婦が優しく笑いながら、診察券を僕に手渡す。
「はい、友達の友達で…」
「そうなのね」
「えっと、今日はどこを?」
「手首」
右手首を見せられると、少し赤く腫れ上がっていた。
動く分には動いているが、動かすたびに美琴ちゃんの顔は強張っている。
「折れては無いですけど、レントゲン撮ってみようか」
「はーい…」
レントゲンをとっている間に、患者のカルテを書き上げていき、レントゲン室からきた美琴ちゃんの写真を見る。
「先生?」
「あ、いや、井上さん呼んでもらっていいですか?」
(これ…)
しばらくして、美琴ちゃんと一緒にさっきはいなかった男の子も入ってきた。
「そちらは?」
「あ、同じ団の甲斐です」
(団?)
「ま、井上さん、しばらく右手を動かすのはやめてください。このままだと使えなくなります。腱鞘炎で済んでいますが、これ以上行くと、動かなくなります」
「え…」
「今日のところは固定しておきます。来週またきてください」
「はい」
2人が出ていった後に看護婦さんに
「あの子って」
「Crownのピエロ役の子ですよ」
「『Crown』?」
「はい、良く、大きな体育館や会館を貸し切って舞台やってるんですけど、舞台がないときは近くの大きな体育館で練習してて、あの子はもう常連並に怪我してくるんですよ」
「サーカス団って感じですか?」
「そうですね、東京では珍しいんですけど、綱渡りや玉乗り、結構昔からある様なパフォーマンスをする人たちなんですよ」
「へぇ…」
「あの子は運動神経が良くて、バランス感覚も人並み以上で海外からも注目を浴びるくらい有名で、確かCrownに入ったのは小学2年とかでしたよ」
「そんなに?」
「はい、知り合いなら、もっと詳しい話聞けると思いますよ」
看護婦はそう言い残し、診察室を後にした。
僕は診察表を見て、頭を抱えた。
(このままだと、右手首だけじゃなくて、右腕がだめになるな)


2時間後ー
明日の診察表などを整理し終わる頃には外は暗くなり、つきあかりからと街頭だけが道を照らしていた。
携帯を見ながら駅を目指す途中、看護婦の言葉を思い出した。
『大きな体育館で練習してる』
その大きな体育館が右横に立っていた。明かりが小さな窓から溢れていた。
(美琴ちゃん、いるかな)
そんなことを思いながら体育館に足を入れた。

受付の人は快く案内してくれて、Crownの練習場所まで連れて来てくれた。
男の子1人と女の子2人が練習して、わいわいしていた。
その3人の中に美琴ちゃんの姿を見つける。
右手は使わず、左手でわざの練習をしていた。バタンと足音を立て、体育座りをし、左腕を右膝に乗せ頬杖を付き、周りを見渡し僕を見つけた。

「貴大さん?」
ほか二人も僕がいるギャラリー席を見た。
小さく手を上げると
「何してるんですか??」
「いや、ちょっとね、ここで練習してるって聞いてさ…」(嘘ではないよな…)
「ちゃんと、右手使ってないですよ!」
テーピングされた右手を上に上げてニコニコ笑う美琴ちゃんを見て、すこし心が和んだ。
ガチャっとホールの入口が開くと先程の受付の人が入ったきた。
「そろそろ、時間だから、よろしくな」
「「「はーい」」」
「貴大さーん、一緒に帰りましょー」
「うん」
「駅で待っててください!」
美琴ちゃんに手を振り、駅の前で携帯をいじりながら、大樹に連絡する。
[ご飯、何食べる?]
[もう作ってる。急だけど明日から出張だから、もう寝るわ]
[了解]
大樹も僕も昔から料理が好きで弁当や調理自習は他の女子よりもレベルが高かった。
お互いモテる方だったけど、叶わないと思われてしまい、良く遠目から眺められていた。
「おまたせしました!」
「お疲れ様。いこっか」
電車に乗り、座ると携帯をいじり始める美琴ちゃん。
話もなく、ただただ電車に揺られる。
向かい側に座るしか男女がひそひそと話し始める。
「なぁ、あの子って、雑誌の…」
「うん、そうだよ!かわいーね、本物」
(雑誌?)
美琴ちゃんを見ると
「あー私、今ちょっとした有名人ですかー面倒くさいですねー」
「え?」
「大樹さんの会社の雑誌にこの前載ったんですけど、それから結構電車とかで話しかけられるんですよ」
「あ、そうなんだ。それで大樹とも?」
「はい。まさか、引っ越し先があそこだとは思わなかったですけどね」
「あー…」
「でも大樹さん、すごい嬉しそうに貴大さんと住むこと話してましたよ。子供みたいによろこんでて、よく『2人ぐらしだったら、どれくらいの冷蔵庫がいいかな』とか笑いながら探してたし」
「そうなんだ。そんなこと聞かれなかったけど」
「そんなもんですよ、でも羨ましいって思いました」
「羨ましい?」
「なんか、私の団はやたらとカップルが多くてひとり暮らしって私だけなんですよね」
「そうなんだね。彼氏とかほしくないの?」
「んー今はいらないかなー」
「貴大さんは?25でしょ?結婚とか考えないんですか?」
質問返し。
分かってはいたけど、いざ言われるとかなり答え難い。
「俺はあんまり考えてないかな、ずっと勉強ばっかでそういう余裕もなかったし」
「ふーん
 でも学生時代があって羨ましいけどな」
「え?
 高校からこっちじゃないの?」
「ううん、中学から」
「ひとりで?」
「そりゃあね、Crownに入ることは親にもおばあちゃんにも反対された。中学卒業と同時に家出した」
「え…」
「団の人とは関わりがあって、家出してすぐに団へ行って、怒られた。手紙書いて送って、1年経ってピエロとして舞台立った時をお母さん達に見せたら呆れた顔で『1人前になるまでは戻ってくるな』って変に認められてって感じ」
「そうなんだ、大変だったんだね」
「うん、大変。だけど、楽しいから苦じゃない」
『まもなく高田馬場。高田馬場〜』
アナウンスがお互いの耳に入り、慌しく鞄を持ち立ち上がる。
美琴ちゃんの後をついていき、マンションの下まで着く。
「あ、今日の話は大樹さんにしたら、怒りますからね」
「うん、わかった。ありがとう。おやすみ」
手を振って隣のマンションに美琴ちゃんが入るまで見送った。
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