そろそろ恋する準備を(短編集)
確かに七海さんは毎日欠かさず保健室に来てくれる。楽しく話してくれる。きっかけは七海さんが頭痛薬をもらいに保健室に来たこと。そのときに、好きな作家や好きな映画が同じだと分かって、頭の痛みなんて忘れてしまうくらい話が弾んで。それから毎日、色々な話をして……。
きっと七海さんは僕のことを、気の合うお兄ちゃん、くらいにしか思っていないんじゃないだろうか。実際「一人っ子だからお兄ちゃんに憧れる」と言っていた。
そんな七海さんと、話したところで……。
「話すべきだよ、宇佐美くんも」
「……でも、話したところで何も変わらなかったら? むしろ、関係が悪化してしまったら……?」
「それでも話さなきゃ、始まらないんじゃない?」
「それは……そうですけど……」
「だから、話すべきだ」
それでも女々しく悩んでいたら、すっかり腹痛が治まった岸先生が、にやりと不敵に笑って僕の腕を掴む。
そして保健室の扉の前まで腕を引き、トン、と。背中を押したのだった。
促されるまま、僕は扉に手をかける。
いつも開けている保健室の扉が、今日はひどく重い。
開けたら最後、狂気の日々が始まってしまう気がした。
「頑張れ、宇佐美くん」
それでも僕は、扉を開けずにはいられない。