戸惑う暇もないくらい
家のマンションを見上げると2階の部屋に灯りが付いているのが分かる。

自分の家に自分が帰る前に人がいる。

一人暮らしが長いせいで未だにしっくり来ない。
もう、一緒に住み始めてから2ヶ月近くも経つというのに。

「ただいま…」
「はーちゃんお帰り!」
「その呼び方やめて」

靴を脱ぐのもままならない内にリビングからお玉を持った彼が飛び出して来た。

185cm、8等身の身体にピンクのチェック柄、しかもフリル付きのエプロンが小さく見える前に違和感ありまくりだった。
おまけに料理の邪魔にならないようにか前髪をクリップで止める始末。

こんな姿をモデル「Nachi」のファンが見たらどう思うだろう。

楠那智、25歳。主にスチールメインのモデルをしており、「Nachi」はモデル名義の名前だ。

そして、そんな彼が私の恋人だったりする。

「だって可愛いから」
「意味わかんない」
「家でしか呼ばないから…だめ?はーちゃん…」

そんなワンコみたいな目で見たって騙されないんだから。

「今日ははーちゃんの好きなきんぴらごぼうあるよ!」

だから良いでしょ?褒めて!とでも言いたげな那智の背後に思い切り振っている犬のしっぽが見えるようだ。

「…絶対に外で言わないでよね」
「うん!だって俺だけの特別な呼び方だから。ありがとはーちゃん、大好きっ」
「はいはい」

巨体に抱きしめられると動けなくなるのでポンポンと頭を撫でて早く動くように催促する。

那智と暮らし始めて以来、玄関からリビングへ移動するというだけのことに随分と時間がかかるようになった気がする。

それでも「まぁ、いいか」と思えるくらいには私も那智に甘くなっていた。

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