戸惑う暇もないくらい
「おいしい…」
「へへ、良かった。今日はちょっとピリ辛にアレンジしてみたんだ」
「うん、こっちの方が好きかも」

那智が作ってくれた晩ごはんを二人で食べる。
二人で暮らし始めて一番改善されたのが食生活だった。
どうにも私は料理センスに乏しいらしく、自分で作っても「まぁ、まずくはない」というレベルであり、さらに仕事の忙しさも相まって外食になることが多かった。

「はーちゃんが好きなら今度からこっちにする」

料理を褒められて嬉しそうな那智を見ていると落ち着く。
単に料理が美味しいだけではなく、誰かと食卓を共にするというのがこんなに良いものだなんて随分長い間忘れていた気がする。

那智はそんな恋愛から遠ざかっていた私に欠けているものを一つ一つ与えてくれる、そんな存在だった。

「はーちゃん」
「いや」

食事を終えてテレビの前に座っていると、お風呂入ってくるといって出ていったはずの那智が着衣のまま戻ってくる。

「な、何も言ってないけど…」
「お風呂一緒に入りたいとか言うんでしょ」
「うん…今日、綺麗に洗ったから…」
「それは感謝してる。でも一緒には入らない」
「………わかった」

返事に引き伸ばして無言の抵抗をしたあと、那智はしょんぼりとした声音で脱衣所に引っ込んだ。

一週間に一度はこのやり取りをしている。
はぁ、とため息をついて見るともなしにテレビへ視線を戻した。

一緒にお風呂なんて。
そんな恥ずかしいことできる訳がない。
あんな明るい場所で自信の欠片もない身体を那智に見られるなんて。

そこまで想像して顔が赤くなっているのに気付く。

「いや、無理だって…」

誰に見られているわけでもないのに抱えたクッションに顔を埋めた。

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