強引年下ピアニストと恋するカクテル。
立ち上がった私は、楽譜を持ったまま走り出した。
駅に向かって全力で走る。
手には携帯と楽譜のみ。
昔、とても昔、ピアノの発表会で私はこの楽譜を修正した。
この楽譜の持ち主は一度も顔をあげてくれない俯いていた男の子だった。
駅まで走りながら、まるで走馬灯のように過去の私達が蘇ってきた。
紀本美緒
『きんちょうしてるの?』
私のその言葉から始まった出会い。
『鍵盤に並んだ音は、全部違う音色なんだよ。その音を喧嘩させずに綺麗な音色で弾いてあげられるのは、ピアノが好きだって気持ちを持った私達だよ』
うずくまる男の子の横で、大人に借りてきたテープで楽譜を修正しながらそう告げた。
顔は見れなかったけれど、私が何度も励ますうちに彼は『……弾いてみる』と小さく呟いた。
あの時の怜也君の気持ちは、私には想像できない。
それでもきっと嬉しかったに違いはない。