鎖骨を噛む





「さて、ピザが来るまでにいくつか質問したいんだけど、いいかしら?」



「はい。なんでも訊いてください。」



記憶が消えている以上、彼は自分の身の上をなんでも話してくれるはずだ。「ムルソー」なんてふざけた偽名も使わないだろう。



「あなた、名前は?」



「高橋です。高橋健司(たかはしけんじ)。健やかに司で、健司。」



ごくごく普通の名前……。あの「ムルソー」って一体なんだったわけ? この人、中二病なのかな? 人のこと言えないけど。



「そう。じゃあ、健司って呼ぶことにするわ。私のことは……。」



私は……なんて呼ばせよう? 絶対偽名の方がいい。りさって名前を使ったら記憶の扉を開けてしまうかもしれない。でも……。



「……私のことは、りさって呼びなさい。」



「りささん?」



まずい! 何か思い出しただろうか……。思わず、拳に力が入る。



「何よ? 私の名前にケチつける気?」



「い、いえ……。ただ、復唱しただけです。特に意味はありません。」



なーんだ、よかった。でも、私ってホント欲深い。好きな人には本名で呼んでほしいからって理由だけで本名を名乗っちゃうなんて……。




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