世子様に見初められて~十年越しの恋慕


「チョンア、湯の用意を」
「お飲みになるのですか?」
「えぇ。せっかく戴いたのに、勿体ないじゃない」
「そういう問題では……」
「大丈夫」
「ですが……」
「いいから、湯の用意を」
「…………はい、承知しました」

渋々踵を返したチョンア。
こうと決めたら決して信念を曲げないソウォンの性格を熟知しているからこそ、折れるしかないのだ。

湯と茶器を手にして戻って来たチョンア。
そこには、ソウォンの好物の薬菓も用意されていた。
だがその隣に、茶の用意にはそぐわない物が。

「私の思い過ごしならそれでいいんです。ですが、私は嬪宮様よりお嬢様の方が何倍も大事ですから」
「………ありがとう」
「万が一の時は、すぐさま針を刺しますからね?」
「えぇ、分かったわ」

茶器の隣に用意されていたのは、紙に包まれた解毒剤。
急焼(きびしょ:急須)に茶葉と湯を注ぎ入れ、ソウォンの目の前に腰を下ろした。
すると、胸元から小さな針箱を取り出し、じっとソウォンを見据える。
そんなチョンアを安心させようと、ソウォンはにこっと微笑んだ。

ゆっくりと注がれる茶から、焦がし砂糖のような甘い香りがふわっと香って来る。
ソウォンは静かに急焼を置くと、震え気味の指先で湯呑を手にした。
毒入りかどうかを調べるなら、銀で出来た匙でもさらせばすぐに分かる。
だが、銀の匙でも反応しない毒があることを知っているソウォン。
匙に頼ることは危険であることを認識している。

チョンアが見守る中、ソウォンは静かに口を付けた。
甘くさわやかな香りが鼻腔を擽る一方、口内は渋めの強い味が印象的。
独特の味わいが特徴の青茶。
その味を確かめるようにゆっくりと喉の奥へと流し込む。
その所作を瞬きもせず見据えるチョンアは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「お嬢様?………私が分かりますか?」

チョンアは、微動だにしないソウォンの目の前で手を揺らす。

「とても美味しいわ」
「お味を聞いているのではありませんっ」
「フフッ。だから、美味しい。何ともないわ」
「ッ?!………はぁ~、良かった」

盛大な溜息を零すチョンアと思わず視線を絡ませる。
二人して杞憂に終わり、安堵した。


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