世子様に見初められて~十年越しの恋慕


久しぶりに実家を訪れた世子嬪のダヨンは、緊張した面持ちで舎廊房(主の書斎)を訪れた。

事前に宮中から娘である世子嬪が訪問するとの知らせを受けていた父は、娘の好物のパッシルトッ(小豆の蒸し餅)を用意して待ち焦がれていた。

朝鮮では嫁ぐと、特別な用が無い限り里帰りは殆どしない。
それが、王家となれば更に敷居が高く、皆無に等しい。
世子嬪が里帰りするとなれば、王や王妃の許可を得なければいけない為、兄嫁のミリョンの懐妊は待ちに待った好機だったのだ。

「父上、お変わりありませんか?」

舎廊房に父娘の二人だけと言っても、目には見えぬ身分の差があるのは歴然で、本来ならば自分が腰を下ろす場所に娘である世子嬪を通し、自分は普段使用人が腰を下ろす下座で拝謁する形となっているのだ。

「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます」

床に顔を伏せる状態で挨拶のようなご機嫌伺いをする父。
そんな父に歩み寄り、ダヨンは父の手を取った。

「良いのです、父上。ここには私達しかおりませぬ」
「ですが、媽媽」
「久しぶりに逢いに来たのです。お顔を見せてはくれませぬか?」

ダヨンは父の手を優しく包み込んだ。

「では………」

父であるヨンギルは、ゆっくりと顔を持ち上げた。
久しぶりに見た娘の顔。
どこか具合でも悪いのか、顔色があまり良くないことに直ぐ気が付いた。

「媽媽、お顔の色があまり良くないように思いますが、どこか……」

ヨンギルは娘の体調不良を心配し尋ねようとしたが、ふと脳裏を過ったものがあった。

「もしや、…………私の思い過ごしかもしれませんが」
「……………父上っ」


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