世子様に見初められて~十年越しの恋慕


「このまま朝まで話をして夜を明かすつもりか?」
「へ?」
「欠伸をしてたではないか」
「っ…」

部屋の蝋燭は枕元の一つだけに。
揺らめく炎の灯りに照らされた彼女の横顔は言葉に出来ぬほど美しく、ほんのり色づいた頬が男心を掻き立てる。

「旅慣れしているそなただから何処ででも寝れるとは思うが、さすがに王宮内ではゆっくり休まぬだろう?」
「………」
「それも、王命を受けてここに来たのならば、尚のこと」

化粧で隠せぬほどに目の下にくまが出来ている。
それでなくとも色白で、ここ数ヶ月の間に何度も病に臥してる身なのだから。

並べられた布団に横たわると、程なくしてソウォンも横になった。
静まり返る密室で、時折擦れる絹地の微かな音が響く中、そっと腕を伸ばし彼女の手を掴む。
体がびくっと震え驚いた様子の彼女は、手を引っ込めようと手に力を入れるが、更に力を込めてそれを防いだ。

「手を繋ぐだけだ。これ以上の事は何もせぬから安心しろ」
「……」

唇をぎゅっと噛み締めるソウォン。
まるで、つい先程した口づけを思い出し、阻むかのように。

「十年待ち続けたのだ。あと数日、いや数月待つことくらいなんて事ない」
「っ……」

今すぐにでも腕の中に閉じ込めたい。
己の胸で彼女の寝息を感じたい所だが、その衝動をぐっと堪える。
その場凌ぎの遊び相手ではなく、己の生涯を賭けて愛すると決めた女子なのだから。

静かに瞼を閉じて無の境地を味わう。
何度も何度も誘惑の波が押し寄せようとも、それを何度となく打ち消しながら。

安心したのか、いつの間にか寝息を立てているソウォン。
その寝顔でさえ、愛おしい。

繋いだ手を一度離し、ソウォンの布団に潜り込み、そっと彼女の頭の下へ腕を滑り込ませ、優しく抱き締めた。
彼女の髪が纏う薔薇の香りに包まれて…。



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