貴方が手をつないでくれるなら
カ、チャ。
「た、だ、い、まぁ?…悠志?」
…。
「毎日来なくていいんだって…。ていうか、よく考えてみたら、朝出て帰って来てるんだから、お前、泊まってるって事だよな…。そうだよ…寝てるもんな」
「な~んだぁ…起きてるのか。まぁそう言うなって。洗濯物だってあるし、ご飯だって食べなきゃいけないだろ?お前、まだまともに動けないんだから」
そう言って上着を脱ぎネクタイを解くと、慣れた手つきでエプロンを身につけた。フンフン鼻歌まで歌ってる始末だ…。
「毎日来てていいのか?お前、今、暇なのか?」
「相棒が居ないからな。適当に切り上げてるよ。今は大きな事件も起きて無いしな」
野菜を取り出して切り始めていた。
「…今夜、何作るつもりだ?」
「ふふん、今日はな、野菜炒めと豚汁。それと…、ジャ~ン、プリンだ」
包丁片手にコンビニの袋を見せた。
「…そっか、アタタッ」
「おい、ゴソゴソ動くなよ?傷が開く。水、飲むか?」
「んー、いや、今はいい」
冷蔵庫に水とプリンを入れた。
「…ふぅぅ」
「しかし、お前も病院嫌いだよな。まだ出て来ちゃいけないっていうのに、強引に退院しちゃってさ?」
「ずっと何もしないで病院に居たら、気持ちが病人になりそうなんだよ。する事ないし、看護師は何度も来るし。…面倒臭い。それに、言ってみりゃ、傷が治るのを待つだけの入院だろ?だったらうちで大人しく寝てるのと同じだろ?」
「大人しくしてたらな?まあ、家に居たら動き回るって事があるから、だから病院に居るってのもあるんだけどな。中も縫ってるし、外もだ。帰って来たからには、絶対横になってろよな?変に動き回ってだな、余計長引くなんて事にすんなよ?あー、後で消毒するからな?」
「解ってるって。お前が嫁さんみたいに毎日居るから、ウロウロも出来ないだろ?」
「昼間は解らないだろ?課長にも見てろっていうか、見張ってろって言われてるしな。おーし、出来たぞ」
「は?もうか?…大丈夫なんだろうな…」
「毎日同じ事ばっかり聞くな。手際がいいと言え。ちゃんと食えてるだろうが。基本、野菜多めになるようにしてるし、時短も兼ねて薄く細かく切って火は通り易くしてるんだ。柔らかく調理してる」
「…まぁな」
「うん、よし、美味いぞ?待ってろよぉ、今、運ぶから」
どこから持って来たのか、いつの間にかベッドの上で身体を起こして食べられるように、病院にあるようなテーブルが出現していた。多分これは…病院の備品だな…。
「悪いな…」
「ん?何、毎回しおらしい事言っちゃってんの。お互い様だろ?俺がこうなった時はお前が世話しに来るんだからな?今は貸しを作っとくだけだろ?
おー、丁度いい。暇なら料理の勉強でもしとけ。俺みたいに段取りよくパパッと作れるようになるぞ?」
「俺は無理だな。やる気がしない。はぁ…怪我したきっかけって言うか…暇で横になってると、料理じゃなくて、当たり前とか普通とか、何だっけって、ちょっとそっちの事考えちまったよ」
「…生きてたからか」
「ん、ああ、まぁそうだな。だから、……いい歳してんのに、日常に感謝が全く足りてないなってな…」
「ほぅ、死にかけたから悟った訳だ。ん、まぁ人ってさ、こんな事にでも遭わないと、改めて考えないもんだよ」
「ああ。色んな事、後でいいやとか明日でいいやなんて思ってたら、本当は駄目なんだよなって…。その時は…明日、居ないかも知れないとは思ってないからな。
だけどさ…、また忘れるんだよな、きっと。有り難みってモノ。でも、昔よりは、少しは思慮深くなるかも知れないなぁ」
「ん゙ー、そうだな。歳くったって事もあるんじゃないか?
あ、薬、ちゃんと飲んでるだろうな?飲んだ振りで捨ててなんかしてないだろうな」
「…するか。飲んでなきゃ痛いんだから、飲むに決まってる…煩いな」
「だったらいい…少しはしおらしくなったかと思ったら…。なぁ、退院した事は知らせたのか?」
「あー、いや、退院って言っても病院出ただけでまだ治って無いし」
「そうか、そうだよな。随分、心配したんじゃ無いのかな~。刑事が怪我って聞いたら、何だか生々しいよな、現場が想像し易いと言うかさ。即、生き死にに関わるドラマみたいに思いそうじゃん」
「きっと、うっ、て倒れた俺にグッとカメラが寄るみたいな、な」
「お、それ、そんな感じで。それで腹からダーッて真っ赤な血が流れ出してるような、な。もの凄い量の血が出るの。それから俺が抱き抱えて、死ぬなー柏木ー!…とかって絶叫するのな」
「…あー、飯食ってるから止めようか。…思い出す。…疼く」
「…だな。折角の飯がまずくなるな」