貴方が手をつないでくれるなら


言わなきゃ。…言っておかなきゃいけないこと。…私にはある。

「あの、…私、…誘拐された事があるんです。ずっと昔に。…中学生でした」

話すつもりか…。ずっと何かしら深刻な顔になって話したそうなのは解っていたけど…話さないと居られなくなったって事か。俺に話すという事。これは俺はどう受け取ればいいんだ。

「…誘拐?」

驚きもせず、知らないふりで返事なんて…。何も言わなきゃ良かった。…下手くそが。

「……はい。その事があって、知らない人に急に手を触られたりすると、ちょっと驚いてしまって、声をあげたりして迷惑をかける事があるんです。そこまでじゃなくても、突然だとちょっと過剰にビクッとなったりして。
…事情を知らない人に取ったら、ただの迷惑な話ですよね。だから、柏木さんに…、本当は私もきちんと謝らなければいけなかったんです。柏木さんばかりに謝らせてしまってごめんなさい。大きな声を出して、脅かせて、ごめんなさい、すみませんでした。…誘拐の事が、中々言えなくて…ごめんなさい…」

「いや。もっと謝らなければいけないのは俺なんです」

煙草を消して片付け、中に戻って来た。少し離れて腰を下ろした。

「…申し訳ありません。貴女の誘拐の事は、調べて知っていました」

「…え?」

「すみません。初めて会った日です。最低な下品な事を言って、引き止めようといきなり手を掴んだ時、貴女の反応が普通では無いんじゃないかと思ったんです。だから気になった。何だか引っ掛かるモノがありました。…俺は刑事です。…職権濫用してしまいました。貴女のステンレスボトルのカップです。捨てていいと言ったあのカップを、鑑識に調べさせました。だから知っていました。申し訳ありませんでした。した事も、言わなかった事も、すみませんでした」

町田、すまん。こうして打ち明けてくれた以上、もう知らぬ顔で隠しては居られない。

「…そうだったんですね」

「…申し訳ない」

「柏木さん…刑事さんだから…そうですよね。事件の事、知ってたんですね。だから…、一度悲鳴をあげた事もあるし、その事もあって、いつも私に確認を取りながらなんですね…。町田さんも知っているのですね」

頷いた。

「はい。あいつは、俺の巻き添えになっただけです。そんな事はしてはいけないと、町田は反対していました。俺がした事です」

「…犯人が…死んだ事も、知ってますよね?」

「はい。恐らく全部、事件の概容は全て知っていると思います」

「…全、部?」

ん?…。

「調書にある事という意味で、です」

あぁ…、調書って…確か警察で聞かれて話した事を書いた物の事よね。

「…そうですか。そうですよね。刑事さんだもの…全部知ってる…そうですよね」

もう、この話は深く掘り下げなくていいだろ。

「聞いてもいいですか?町田とは何かありましたか?」

「………え?町田さん…あ、…。何かって言われたら…、町田さんは…映画館のロビーで手を繋いで、座っている私を帰り際に抱きしめました。それから、昼間お店に来て、抱きしめられました。好きだと言われました」

は?…あいつ…。やりすぎじゃないのか…さすがにそれは俺には言わないわな。

「そうですか。眞壁さん、ご覧の通り、うちには何もありません。ベッドしかない。他に寝具もありません。もう、遅い、寝ませんか?」

…え?
もう、寝る?

「はい…?」

掛けてある布団を捲り柏木さんが先に横になった。寝ちゃうんだ。もう、話は終わり?
立っていても大きい人だけど、横になって更に身長が高いんだと思った。多分このベッドはサイズも長めの物だろうけど。

借りて着ていた上着を脱ぎ椅子の背に掛けた。…あ、…赤いバッチ…。左の衿の高い位置についていた。はぁ…、最初にこれに気づく余裕があったら…。その場で対処出来ていたかも知れない。ドラマでよく見る、捜一の刑事さんがつけている物なのに。…余裕がなかったから。刑事さんだと分かっていたら………。でも…、そしたら…今は無かったのかな…。
長い間は、躊躇していると思われているのかも知れない。一緒のベッドに横になるという事、戸惑いが全く無いとは言えないけど。ううん、戸惑いしかない。

ドキドキしながら柏木さんの隣に少し距離を取り横になった。あっ。布団を掛けられた。

「…何も確認…言わないんですね」

「はい。信じていますから」

何、を…。内心はバクバク。先に言ったもん勝ちではないけど、信じていると言った言葉を覆すような人ではないと思った。それは、職業が警察官だからという事もあったと思う。
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