一之瀬さんちの家政婦君

手に持てるだけの私物を持って自室を出ると、スマホのメモアプリに置きメッセージを残す。


“今までお世話になりました。借りお金は必ず返します。飛鳥”


置手紙にしなかったのは、GPSのついたスマホを置いていく為。

これがあると、彼が迎えに来てくれるのを心のどこかできっと期待してしまう。

快気祝いの夜のように。

飛鳥はスーッと深呼吸をした。

和真が愛用している香水の良い匂い。

母が亡くなってからこれまでを思えば、この場所で和真の家政婦としての生活が一番穏やかな時間だったように感じる。

お金で買われて、無理矢理連れて来られた場所なのに本当に可笑しい。


可笑しくて涙が出そう……


飛鳥はギュッと下唇を噛み締めて、涙が零れてしまう前にこの場所を出て行った。
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