ミステリアスなユージーン
脚が痺れるような感覚がして、力が抜けそうになった。

大女将が……どうしよう……!

目眩を覚えたけれど必死で踏ん張り、私はスマホを耳に押し付けた。

落ち着かなきゃ、落ち着かなきゃ……!

「安藤君は多分まだ社内にいるんだけど、連絡とって現場で作業チェックしてもらって。佐渡君、悪いけどもしも搬送先が判ったら、携帯に連絡して」

「了解です。一階店舗の呉服桜寿の方には連絡しましたが、俺も病院に向かいます。状況の説明もありますので」

「分かった。ありがとう」

スマホを切って先輩を見ると、彼は手にした車のキーを私に見せて口を開いた。

「菜月、駅まで送ってやる」

「ありがとう、先輩」

ああ、大女将、どうか無事でいて。

私は先輩に頷くと、滲み出る額の汗を拭きながらバッグを肩にかけなおした。


∴☆∴☆∴☆∴


大女将が搬送されたのは、呉服桜寿から車で十分程の総合病院だった。

「……大女将……」

七階の大女将の病室をノックしようとした時、ゆっくりと引き戸が開いて中から佐渡君が出てきた。

「佐渡君……大女将は……?」

「先程まで菜月さんを待ってましたが、今、眠られました」

言い終えた佐渡君が、私の手を引いて廊下を左に曲がった先の談話室へと足を進めた。
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