ミステリアスなユージーン
内心舌打ちしながらも、渋々私は床にうずくまった。

「……いいわよ」

「いきます」

大きく息を吸ったその時、

「ぐっ」

「変な声出さないでください」

だ、だって、重いもん!

でも、それはほんの一瞬だった。

「オッケイです」

はあ、よかった……。

ホッとしながら折り曲げていた上半身を起こすと、目の前に佐渡君の大きな手が見えた。

「はい」

あ……は、はい……。

そう言って私を見つめる佐渡君の眼に前髪の影が落ち、より神秘的な雰囲気を作っている。

……本当に……綺麗な人……。

「なんですか?また見惚れてるんですか」

し、しまった。

でも肯定するわけにはいかない。だってまたバカにされる。

「はー??自意識過剰すぎない?エロい上にえげつない程のドSっぷりに驚いたから、見つめただけよ」

佐渡君の手に掴まって立ち上がった後、内心焦りつつもこう言った私に、

「エロい?ああいう時は大抵の男はエロいんじゃないですか?それとも新庄課長はエロくなかったんですか」

小さく、ほんの小さくズキッと胸が痛んだ。

佐渡君の皮肉がどうの、という訳じゃない。

でも課長と肌を重ねる日はもう一生来ない。

プライベートの時間を共に過ごす日はもうないのだ。

……気持ちには決着をつけた筈だし、そりゃあ少しは泣いちゃったけど割り切っていたし大失恋でもないのに、どうして胸が痛むんだろう。

……感情って案外、自分で考えているより複雑なのかも知れない。

腕時計を見ると正午前で、ガラス越しにオーナー様の車が見えた。

約束の時間だ。

私は店内をぐるりと一周見て確認すると、出入り口に向かった。
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