心ときみの物語


それから暫くして、台所からはガチャガチャと音が聞こえてきた。どうやら親子三人でこれから夕食作りをするらしい。


「……エニシさま!」

その水入らずを邪魔しないように黙って帰ろうとしたのに、玄関先で八重に見つかってしまった。


「良かったな。これでもう寂しくないだろ?」

もうそんなことを忘れるぐらい賑やかになるよ。きっと思い出の品も写真もたくさん増えて。秀之の話をしながら明るい家の中の様子が目に浮かぶ。


「幽霊なんていなかった。だから八重と俺の縁はここまでだ」

長い長い昔話をする相手はもう傍にいる。


「エニシさま。あなたはひょっとして縁切りの神様なんかじゃなく本当は……」

もうその瞳に俺は映らない。

大丈夫。まだまだこれから長い人生が待っている。その喜びや幸せも、苦労を重ねた分だけ八重に返ってくるだろう。
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