金木犀の季節に


目と目が合う。

声をかけたかった。
そばに行きたかった。

だけど、朝のざわめきがそうはさせてくれなくて。

おじさんと肩がぶつかり、視線を逸らした隙に、奏汰さんの姿は見えなくなっていた。
悔しくて、悲しくて、虚しくて、地面を蹴飛ばしたい気分だった。


発車ベルの『希望の轍』が流れて、背中を押されるようにして電車に飛び乗る。

「花奏、おはよ!」
「おはよう〜」

相変わらず元気な優希葉と、眠たそうな目をした陽菜が挨拶をしてくれた。

「おはよ!」

二人に笑顔で返事をしたら、なぜか、すっきりとした気分になった。

やがて、電車は動きはじめた。
橋の上から見えた相模川は、朝の光を受けてさんさんと輝きを放っている。

この世界は、美しい。

たとえ、悪口星人がたくさんいたとしても、美しい。
それはきっと、たくさんの犠牲と愛があるからこその世界だからだ。

かつての大戦で命を落とした若者が見ることが出来なかった景色を、私は今、当たり前のように、何気なく眺めている。
できるかぎり、この美しい世界を、必死に生きようと思った。




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