名無し。

心の記憶


いつから、だったかな。

あたしは、いつからか自分を隠し、演じてい

た。

皆に好かれる人を。

皆に尊敬されるような人を。

皆に安心されるような人を。

だけど、それはあくまで演じている自分で、

本当の自分じゃなかった。

それは分かっていた。

分かっていたのに。

苦しかった。泣きたかった。寂しかった。

普通に笑って、楽しそうな子が羨ましかっ

た。

あたし、なんでこんなに無理してるんだろ

う。

何度もそう思った。

そして、何度もあたしはあたしを嫌いにな

った。

だけど、案外演じているとそれが本当の自

分になってくるもので。

演じている自分が、案外笑えていて。

演じている時の自分でいるのが、楽しくて。

分からなかった。

あたしは、どうしたいのか。

だって、あたしはあたしで、演じているあ

たしもあたしだったから。

だから、どんな自分になりたいとあたしが

願っても、それは誰からも否定されず、む

しろ肯定される。

本当の自分の心の声を聞けとか言うけど。

それがわからないあたしからしたら、もう

なんでもいいから誰かに進む道を決めてほ

しかった。

なのに。

たいして話したこともない。

ましてや男の子の一言に。

こんなに揺れるなんて。

『お前、その方がいいぞ?まぁ、なんでも

いいけど。』

楓にも、あんな風に言ったことはなかった。

なのに、佐藤君には、どうしてか声を上げ

てしまった。

そして、そんなあたしに対して彼は。

『その方がいい。』

彼の本意なんて、わからない。

だけど、あたしの勘違いであっても。

あたしは嬉しかった。

本当の自分を出しても受け止めてくれたん

だって。

誰かが声を上げると、その場の空気は悪く

なる。

それを恐れたあたしは弱虫で。

怒ることさえ、いつの間にかできなくなっ

ていた。

怒らないで、なんとか歯を食いしばって。

そうやってどんどん溜めていく。

それがあたし。

弱くて、強くなろうと思いはするけど動か

ない。

そんなのが、あたし。

でも、そんな弱いあたしでも。

楓みたいに、泣いてもいいよって言ってくれる。

佐藤君みたいに、受け止めてくれる。

そんな人がいるのなら、変われるかな。

あたし、変わっても、いいのかな。


佐藤君って、なんかちょっとチャラ男だし

、怖いけど、少しだけ、いい人かも。なん

て。

だけど、そんな佐藤君に対してあたしはひ

とつ、大きな不満がある。

暴力女は、絶対にない!!
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