私のご主人様Ⅲ

『わしはな、昔はただの一般人だったんだ。でもな、荒れに荒れていたわしは仲間と組にまでケンカを吹っ掛け続けた。いつの間にか組潰しの異名までつけられとった』

唐突に始まった親父さんの昔話に眉を潜める。親父さんは背後にあった杯と一升瓶を引き寄せると、酒を注ぎ始める。

『この組は、暴れ続けたわしが作っちまったもんだ。だから、跡継ぎも作らなかった。…でもなぁ、こういう世界でしか生きれん者もいる。そんな奴をお前が引っ張ってやれ。それが条件だ』

2つの杯に注がれた酒。

それを交わすということは、同時に門下に入ると言うこと。

関原を完全に裏切る行為だ。

『季龍、わしの息子になれ』

『…』

…何を迷うことがある。

俺は関原に思いがある訳じゃない。関原は、俺の家族を壊した場所だ。

ならば、いつか関原に牙を向けるためにも、他の組に入るのは好都合だ。

杯を取る。親父さんの目が笑う。

『永塚源之助だ。よろしく頼むぞ季龍』

『はい』

それを一気に煽る。喉を通ったそれの違和感にはすぐ気づいた。

『…水?』

『っはっはっは!未成年に酒は飲ませんよ』

『…』

豪快に笑う親父さんに思わず目を瞬かせる。だが、気づけばつられて笑っていた。
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