意地悪な彼の溺愛パラドックス
事務所のドアを開けて中へ逃げ込んでから、我慢していたため息を吐き出した。
ああ言えばこう言うお客様に、にこやかにフフフと微笑みながらお話に励むこと十分。
私は強くなったのだ。
けれど、やっぱり苦手なものは苦手だ。
肩を落とすと同時に、大きな手のひらが私の頭をポンポンと二回叩く。
「お疲れ」
労いを意味する優しい手の主は柏木遼。
わざわざ事務所の出入口付近で、私が来るのを待ち構えていたのか。
だとしたらトキメキものだが、そんなうまい話はなかった。
私の頭にのせられた反対の左手には新しいゲーム機のポップ広告が握られていて、たまたま近くで作業かなにかしていただけのよう。
わずかな期待をしたせいで、さらにガクッと落とした肩に彼は気づいたらしく「大変だったのか?」と、慰めるようにヨシヨシと手を動かした。
会ったばかりの頃はずいぶんと猫かぶりだったはずなのに、皮を剥いだらとんでもない。
ナチュラルにサラッと乙女心をくすぐるようなことをする奴を睨みつけて、私はフンッと鼻を鳴らす。
「たくましいので平気です」
「気にしてたの?」
「う、うるさいですよ!」
思い出したかのようにクスクスと笑い出した彼。
ユリちゃんに微笑んでいたあの光景がモヤモヤとよみがえってきた。
個人的なヤキモチなのはわかっているけれど、やっぱり非常におもしろくない。
私はできる限り唇を尖らせ、しかめ面をしてみせる。
彼は私が「たくましい」を根に持っていると思っているのだろう、ククッと笑いを噛みしめ持っていたポップ広告を机に置く。
そしてズイと私の目の前に立ち、偉そうに両手を腰にあてて見下ろしてきた。
「今だけバカヨのカヨはカヨワイのカヨにしてやろうか?」
「けっこうです!」
「まぁ、そう言わずにさ」
からかいながら優雅に右手で私の髪の毛をわしゃわしゃとなで回し、ボサボサにしてから仕上げにポンとひとつ叩く。
こんなことだけで安心して癒されてしまうようになった自分が悔しかった。
むくれる私に、彼は鋭い眼差しでやわらかに微笑み諭す。
「たまには息抜きもしなさいね?」
その言葉に私は小さく息をのんだ。
奴は私が打たれ弱いくせに強がりなことを知っている。
結局一枚上手な彼の手のうちに恥ずかしくなり、頬が染まった気がしてそそくさと身をひるがえした。
背を向けるとちょうどドアにかけられた鏡が私を捉え、予想以上の爆発具合に驚く。
私はヘアゴムをはずしながら、コホンと咳払いをして仕切り直した。
「おかげさまで。いちいち髪の毛をぐちゃぐちゃにされていたら、嫌でも気が抜けますからね」
「だろ! 俺はちゃんとバカヨのことを考えているんだよ」
「どうでしょう? 髪のことしか考えてなさそうですけど?」
「お前な。上司の優しさを素直に受け取れ」
素直になれない私も可愛げがないけれど、もう少しソフトになでてくれたら縛り直さなくてもすむのに、お互い不器用で致し方ない。
私は髪を整えるために、つむじから四方へ何度か両手をすべらせた後、さらに指先を立てて掻き分けた。
すると、蛍光灯の光を遮った人影が背後から私を覆う。
若干の暗さに「ん?」と眉尻を下げ鏡越しに犯人を見やると、ホシは「ん?」と眉を上げて鏡越しに私の顔を覗き込む。
視線を合わせた私たちは少しの間、瞬きもせず睨み合うようにただ見つめ合った。
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