意地悪な彼の溺愛パラドックス
冷やかな目で顔を引きつらせる彼に謝罪をしながらも、トリッキーすぎる罠にかかったのだと主張する。
「柏木さんのこと本当に好きなんでっ、ふ!?」
言い終える前に大きな手のひらで口を塞がれ、私はバチバチと目を瞬く。
彼は眉をひそめて、またため息をついた。
「声デカイ」
「あ、すみません」
私の口を解放した彼の手のひらは、裾をわしづかむ手首をつかみ、開けたドアの向こうへ引き入れる。
閉ざされたドアを背に、センサーでパッとついたダウンライトに目をショボショボさせた。
わずかに寒さが和らいだ玄関口にふたりで突っ立って、決まりが悪くじわじわと赤面する私の所存を考えていく。
「怒っていいですよ?」
「いや、どうしよう。とりあえず一回笑わせてくれ」
「それは恥ずかしいんでやめてください」
腕を組んだ彼は考えるように顎に手をあてて、私にいくつかの質問をしながら、ここ数日を思い出しているようだ。
「いつそんな勘違いが生まれたの?」
「会議の後の親睦会で、柏木さんと大和くんが里央さんのことを話してたじゃないですか」
「あぁ、そういえば。でもお前いなかったよな?」
「壁に耳ありです。それと、その後も帰ってほしそうだったし」
「あたり前だろ。酔ってるときに手出したら俺サイテーじゃん」
「えっ。で、でも、お店にアイリちゃんと来たときなんて、メロメロだったから。てっきり」
「だから里央とアイリを気にしてたのか」
「はい。好きだけど不倫とか嫌だし、浮気男サイテーだと思って怒りました」
素直にありのままを答えれば、すぐに理解てくれて「うん、なるほど。さすがバカヨだな」と鼻で笑われる。
「のみ込み早くて助かります」
恥ずかしさに頬を染めつつも、彼の上から目線にイラッともするわけで、私だけが悪いわけではないだろと鼻息荒く言い返す。
「そもそも柏木さんがちゃんと紹介してくれれば、私だってシンプルに解けたんですけど」
「俺だってバカヨがそんなバカな誤解してるなんて思わないだろ」
「ど、どうせ私はバカですよ」
「本当だよ。こんなことで浮気男サイテーって……、ククッ」
「わっ、笑うな! すっごく恥ずかしいんだからっ!」
思わず叫んだ私にギョッと目を見開いた彼の胸に、ポカポカと拳を叩きつけながら思いの丈をぶつける。
「いてっ」
「意地悪ばっかりするくせに優しいから、好きになっちゃったんですよ」
「コラ。暴れるな」
「髪の毛ばっかり触るから、自分の髪にヤキモチまで妬いてたんですよ」
「えっ?」
「それなのに、奥さんがいるなんて大失恋じゃないですかっ!」
ぶつけた思いを受け止めるかのように、彼の両手がガッシリと私の両手首をつかみ、冷たいドアに押さえつけた。
冷やりとした背面に我を取り戻すと、七センチのヒール分近づいた彼の真っ直ぐな視線に縛られる。
普通なら近くてドキドキするはずなのに、なんだか急に張り詰めていた力が抜けてひと息吐き出すと、妙に気持ちが落ち着いた。
こうして見つめ合うことは心地いいけれど、ひとつの不安はまだ拭えていない。
「私のこと、嫌いだったらそう言ってください」
「え?」
「傷つけたと思うから。嫌われたなら、今度はちゃんとあきらめます」
彼は一瞬伏し目がちになり、押さえつけていた私の手を離す。
そして少し首を傾げて笑った。
「お前は俺が浮気男だと思って、それで嫌いになった?」
なれるわけがないと私は即座に首を横に振る。
だってそこに惚れたわけではないもの。
忘れられるほど単純な恋だったら、初めからこんな苦労はしていない。
眉尻を下げる私とは反対に眉を上げた彼が肩を揺らすと、わしゃわしゃと髪をかき回す。
「突き放したのも俺のためでしょ。お前だって複雑だったんじゃないの?」
「でも、幸せそうな家族に見えたから。大切な人を守るために我慢しようと思って」
大好きだから、離れようと思った。
幸せを願う私なりの、愛のカタチ。
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