意地悪な彼の溺愛パラドックス
「それ、俺に聞いたよな。バカヨのくせにリオやアイリのことも考えて、守ろうと思ったんだろ?」
小さくうなずくと、ぐしゃぐしゃになった頭をポンポンと軽く叩き、優しく微笑んだ彼の「ありがとう」というやわらかな声が私を癒す。
触れてほしくて焦がれていた彼の大きな手が久しぶりに髪をすくと、その指先が私の心まで透いていくよう。
色づき始めた頬を隠す必要なんてもうなくて、眼差しに思いをのせれば、それだけでそぐわしい。
やがて長い髪を縫っていた手のひらは、冷たい頬へとすべり温めた。
「だから好きなんだよ。自分に負けないように努力するかよが、すごく好きだ」
その言葉にたゆたう瞳を大きく見開くと、彼の親指がそっと目尻を沿っていく。
銀色のハイライトが輝く前髪がサラリと揺れて息をのむと、私たちの一センチにも満たない狭間で彼はピタリと止まり、漂うメンソールが胸を高鳴らせる。
「苦しいなら頼ればいいのにって、不服だった。ずっと……」
彼はそう言いながら、触れるほどのキスをする。
儚い愛しさがあふれるこの世界がなくならないように、このまま硬化すればいいと願った。
「か、柏木さ、んっ」
しかしその願いは、やがて軟化した。
数分後に息が上がって漏れた私の声に、クスクスと笑う彼の目もとは、相変わらず垂れ目がちなのに意地悪い。
「押しかけてきたときより、ずいぶんと勢いが落ちたね?」
惜しいと思った優しいキスは一度だけ。
綺麗に色づいた頬と瞳の水面は、愛しさよりも恥ずかしさと苦しさが勝る。
距離がほしくて彼の胸を押し返すが、今までのようにふざけて逃げてくれることも優しく身を引いてくれることもなくて、光るその銀の毛並はまるで獲物を狙うオオカミのよう。
「その気で来たんでしょ?」
「え、いや。えぇ?」
こいつに躊躇いはないのかと顔を引きつらせつつも、舐めるような視線に足がすくむ。
関係がハッキリした今なら流されても問題はない、けれども。
「仕事してきたので、今日は汗くさいから帰ります」
「……あっそう」
「じゃ、お邪魔しました」
病んで寝不足だったしいろんな意味で変な汗もかいたしと、愛想笑いをしながらドアを引く。
隙間から入り込んだ外気が冷たくて、私たちの熱気に驚いたのも束の間。
ダンッと大きな音を立てて、ドアは閉められた。
「帰すわけないじゃん。バカだな」
「え?」
「マジで帰ろうとするなよ」
振り返る隙もなく、うしろから私を包み込んだ包囲網は堅い。
「お前、今日は帰れないよ。ようやくゲットしたわけだしね」
「クレーンゲームの景品みたいに言わないでください!」
彼がガチャリと鍵を閉めたときには、私の身体はもうギブアップしていた。
それにも関わらず強気を崩せなかったのは、意地っ張りなだけではなくて、彼とのせめぎ合いが染みついていたため。
「このぬいぐるみは手強かったなぁ」
「ひ、非売品ですから。大切にしてくださいね!」
「はいはい」
ため息交じりの彼の返事に、やっぱり私はかわいくないなと後悔して抑鬱を吐く。
しかし、髪に隠れたうなじを見つけて私の肌に埋もれていく彼が、私のついたため息を甘い吐息に変えた。
「言われなくても、かわいがってやるし」
その声色で、見なくともニヤニヤと口角を上げているのがわかるのだが、逆らう余裕がない。
首筋を流れてたどり着いた彼の唇が私を呼ぶと、あの日、慌てて飛び出したドアを背にして彼の首に腕を回す。
苦しいくらいのとろけるキスに重力は消えた。
ここにあるのは、離れた唇を追いかけては重なる、愛しさの圧力。
恋が叶ったのなら、淫らなのも悪くない。
今夜は、漏れた吐息が声になる。
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