意地悪な彼の溺愛パラドックス
来週から始まるメダルゲームのイベントや、クレーンゲーム機の新しい景品について、ゲーム機それぞれの売上状況などの話し合いにはだんだんと熱が入り、私もつられて集中し質疑応答に意見を交わす。
一時間ほどが経過し区切りのついたところで、彼はハタハタと襟もとを扇ぎながら背伸びをした。
「よし。じゃ、そういうことでよろしく」
「はい」
「なにか質問は?」
その言葉に思い出した私は、彼が持参した資料に手書きでメモしてあったひとつを指摘する。
「ここ。柏木さんの字が汚くて読めません」
「なんだと」
「だいたいは解読できるようになりましたけど。ちょっとこれは……、古代文字?」
「そこまで言うか?」
柏木遼は本気で字が下手だ。
仕事上なら唯一の欠点かもしれない。
ここぞとばかりにバカにする私に、彼はわなわなとなにか言いたげだったが、冷たい視線を注ぐと渋々ながらメモの内容を読みあげる。
最後にフンッと鼻を鳴らして、偉そうに言った。
「俺の字が読めない奴は、読まなくてけっこうだ」
「いやいや、仕事になりませんから。もっと丁寧に書いてくださいよ」
「コノヤロウ」
今となっては愛着の沸いた彼の暗号の横に、翻訳を書き足し私はクスリと笑う。
「あとはないな?」
「はい、大丈夫です」
「では終了」
ガサガサと片付けて立ち上がり、ネクタイを締め直した彼が上着を羽織るのをジッと見上げる。
そんな私に気づいた彼が「ん?」と瞳を揺らしたので、何気なしに聞いてみた。
「今日は早いですね」
打ち合わせ内容が少なければこんな日もあるので、特別なことではない。
本当に、ただなんとなく聞いただけ。
だから他意はなかったのだが、彼はニッコリと微笑んで首を傾げる。
「寂しい?」
「いえ、まったく」
すっかり萎えた私が冷え切った真顔で答えると、彼は「チッ」と舌打ちをした。
「カウンターの展開、チェックして帰るから」
「わかりました」
私も立ち上がり、しわのついたスカートをパンッと叩く。
彼に続いて事務所を出た。
販売の始まったカチューシャは、レインボーキャッスルのカラフルなウォールデザインの中でも目立つ、ビビッドな赤色などを使ったポップ広告をオリジナルで作成して展開している。
簡易的だがライトアップさせてみたり、カチューシャを着けたぬいぐるみに手鏡を持たせてみたり。
サイズ別に二点あるサンプルは、なるべく小さい子供にも目に入る高さを意識した。
そして、カウンター担当のスタッフには常時着用を指示。
恥ずかしい気持ちはあるのだが、仕事をしているうちだんだんと開放的になれるもので、みんな楽しそうだったりする。
土曜日と日曜日はスタッフ全員が着用するということで目を引き、売れ行きも好調だ。
カウンターへ行くと「ふむ。いい感じ」と、うなずいた彼はデジタルカメラを向けた。
「写真撮ってくね」
「はい、どうぞ」
二、三回シャッターを押した後に、なにを思ったのかサンプルのカチューシャを私の頭に押しつけ、コソコソと毒づいた。
「痛いっ!? なにするんですか!」
「お前、頭小さいな。脳ミソあんまり入ってないの?」
「いっぱい入ってます! キツイですよ!」
「ちょっと我慢しろ」
無理やり押しつけられたのは幼児サイズのウサギ耳で、王冠のカチューシャをつけるカウンタースタッフも呼びつけ、仕事風景を写真に収める。
「オッケー。ありがとう、仕事中ごめんね」
私に対する態度はガサツなくせに、そう言ってほかのスタッフには爽やかな笑顔を見せるので、私は頬を引きつらせ恨めしげに彼を見据えた。
目の据わった私に奴は軽やかに手を上げて言う。
「じゃ、馬場店長。よろしくお願いします」
「……ハーイ。お疲れ様です」
ケッ、八方美人め。
おもしろくない顔をしてみせる私に、上げた手でそのままポンと肩を叩き、ほんの一瞬。
去り際にささやかれた私の耳もとは、甘く疼いて彼の背中に食い入ることになる。
『今日来いよ』
穏やかな低いトーンの声と秘密の言葉。
近づいた距離感に漂う彼の香りが緊張を呼ぶ。
誰かに聞かれでもしたらと、焦る私の心情を楽しんでいる彼は、刹那的に私の身体に稲妻を落として消える。
キリキリと頭部をしめつける痛みが、彼によって快感にもなり得るおかしな精神を、私は耳に残る残響とともに感じた。
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