イケメン小説家は世を忍ぶ
買ったコーヒーも口をつけずにそのまま残っている。

そんな結衣を何時間も観察している俺も俺だが、彼女を見ているのは面白かった。

結衣は思っていることがすぐ表情に出る。

顔がにやけたり、目を潤ませたり……彼女の表情が変わるのをじっと見ていた。

結衣が手にしている本のボリュームと彼女の表情で今どのシーンを読んでいるのか大体想像がつく。

考えてみたら、読者の反応をこんな風に目の当たりにするのは初めてで、とても興味深かった。

本を読み終えた結衣がようやく俺に気づき、呆然とする。

「……桜井先生？」

「てっきり帰ったかと思った。ここで読書とはよほど暇なんだな」

悪戯っぽく目を光らせて結衣をからかえば、彼女は必死な顔で否定した。

「違います！先生の小説を読んで先生のことをもっと知ろう……‼」

結衣の弁明を最後まで聞かずに、彼女が読んでいた本にサインする。
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