夢の中で君を描く
「覚えた。もう直人って呼ぶ。」
ふわって笑ってそう言うから、俺もつられて笑った。
女子に名前を呼ばれるのは小学生以来ぐらいだ、多分。
「なーおーとー。これ漢字あってる?」
細くて短いけどしっかりしている木の棒を手に、喋りながら砂の上に大きく『直人』と書いていた。
こんな字を書くんだ。
普通の字だけど、女子だなって感じの字。
強い風が吹けばこの字が消えてしまうな、なんてどうでもいい事を思った。
「あってるよ。」
寄り添うように置いてある俺のシンプルな黒いリュックと、象牙色(黄色みを帯びた灰色)みたいな色と青色にクマの絵が描いてある蒼井さんのリュックが目に入った。
それで、帰り道で手を繋ぎながら歩くカップルのことを思い出した。
二つのリュックが並んで、揺れて、幸せそうに笑っていた。
「蒼井さんの下の名前は?」
聞いたら、花を描いていた紙に何かを書き始めた。
「はい、あげる。」
そしてそれを差し出してくる。
何を付け足したのか見ると、紙の隅に『蒼井瑠奈(あおいるな)』って読み仮名付きで書いてあった。
「…瑠奈ってゆんだ。」
書かれた文字を指でなぞる。
「うん。瑠奈って呼んでいいよ。」
「何で上からな。」
「じゃあ、呼んでくださいって言っとくわ。」
悪戯が成功した後の子供みたいな笑顔。
「うわー。」
少し引いた様な素振りを見せる。
「仕方ないけ、瑠奈って呼んであげるわ。」
「めっちゃ上から。」
いや、蒼井さん…瑠奈がそれをゆーなよ。
「これ、お返し。」
スケッチブックからさっき花を描いていたページを取り、絵の端に同じ様にフルネームと読み仮名を書いて渡した。
「わーい。」
瑠奈は軽いノリで喜んで見せた。
この時間があまりにも楽しすぎた。