冗談はどこまで許される?
冗談なんかじゃない
幼馴染とは、高校卒業と同時に会わなくなった。
幼馴染が遠方の大学に進学するために家を出たから…だけではなくて、その1年前のエイプリルフールに私が冗談で告白し幼馴染はその告白を信じて私にキスをした。
冗談で告白なんて最低な事をしてしまったと思う。
でも、その更に1年前に幼馴染は私に冗談でラブレターを渡して来たのだ。
その当時、私は幼馴染に恋心を抱いていた…だから、すごく傷ついたし、悔しかった。
同じことを幼馴染にしてやりたいと復讐心を持ってしまった。
…あの時の私は、幼馴染が私を好きになってくれていたなんて気付きもしないで、幼馴染は笑って「冗談だって分かってる」と私の告白なんて余裕であしらうものだと思っていた。
幼馴染にとってはほんの些細な出来事くらいにしかならないと…

最低な事をしてしまったと思うのに、幼馴染に対する対抗心は消えなかった。
幼馴染より先にお付き合いする人をみつけよう。
幼馴染より先に結婚したい。

…実際、幼馴染よりも先に結婚した私の結婚生活は、2年も持たずに終わりを迎えた。

大学生の時2人とお付き合いをした。
どちらも優しい人だった。
1人目の人は私の初めての人。
2つ年上の彼が就職する際、遠方に行ってしまい私達の関係は終わりを告げた。
2人目の彼とはお互いが社会人になる頃まで付き合った。
でも、すれ違いから破局。
社会人になってから付き合った人は、会社の直属の上司。
相手は結婚適齢期をすでに過ぎている程の年齢の人。
仕事ができ、大人で素敵だと思った。
すぐに結婚を意識して欲しいと告げられて、会社は3年勤めて寿退社。
でも、すぐには子供を授からなかった私達夫婦。
その事が原因でどんどんギスギスとした関係になって行った。
夫は年齢的な問題で早く子供が欲しいと焦っていた。
でも、私はまだ若いし、そのうち授かればいいだろうと思っていた。
なのに夫は、私に不妊治療を受けてほしいと言ってきた。
その時、夫は「お袋も歳だし、孫を抱かせてやりたいんだ」と言った。
…その気持ちは分かるけど、結婚してまだ1年ちょっと。
私が原因で妊娠しないと決め付けた言い方は酷いと思った。
結局、渋々産婦人科で受診すると、不妊は私が原因だった。
その事が分かってから半年程が経った時、夫から離婚を切り出された。
私は頷くしかなかった。

夫は私ではない人となら子供ができるのだ。
…でも、私は?
私は自分の子供をこの手で抱く事は出来ないんだ。
悲しかった。
離婚よりもずっとその事が悲しかった。

無気力のまま実家に戻ると、幼馴染も離婚して戻ってきていると知った。
結婚していたなんて知らなかった。

「お前も出戻りだって?」
幼馴染が笑って私に話しかけてきた。
私は唖然。
だって、幼馴染は子供を抱っこしていたから。
「その子、誰の子?」
周りには幼馴染以外誰もいない。
「こいつ、満輝(みつき)」
「男の子?」
「うん」
「満月の満に輝くで満輝」
満月に輝く…。
私は満夜(みつよ)という。
満月が綺麗な夜に産まれたから。
幼馴染は輝(てる)。 輝くという字、一文字。
「まるで、私とアンタとの子供みたいな名前だね?」
私は冗談を言った。
でも、幼馴染は
「そうなんだよな?」
と真剣な顔で答えた。
「何言ってるの?」
「お前と会うのが気まずくて遠くの大学に進学して、そこでそれなりに恋愛もして楽しんでいた…
ここにも支社のある会社の本社に就職できて、人生うまくいってると思ってた。
でも、お前が結婚したって聞いて…なんだか、ものすごく寂しくなって…辛くなって…
当時付き合ってた女をどうでもいいとさえ思うようになってしまった…
そんな時、お前に似てる女に会って…その女に溺れて、子供ができて結婚したんだ」
「私に似てる?」
「そう、お前の代わりにしてしまった…
俺が他の女を自分に重ねていると確信した妻は、他の男の元に通うようになって…結局、俺の元を去った…」
「…子供は、アンタが?」
「ああ、俺が引き取った。 他の男と一緒に住み始めている女に子供を預けるなんてできる訳ない」
切なそうな表情をした幼馴染。
どうしてそんな人生を歩んでいたの? 
「…私の事なんて忘れてくれればよかったのに」

あの当時私の恋心を悪戯にズタズタにした事を許せなかった。
離れて行った幼馴染を清々したとさえ思っていたのに…

幼馴染以外を好きになれたと嬉しくなった初めての彼。
幼馴染のことなんて思い出しもせずにただ二人で居ることが楽しかった2人目の彼。
幼馴染より条件の良い相手と、幼馴染より先に結婚できる事を誇らしいと思った3人目の彼であった元夫。
…私は、なんて馬鹿だったのだろう。
元夫の事を素敵だと思っていた事は嘘ではなけれど、結婚したいと思うほどの気持ちを持っていなかったのかもしれない。
幼馴染には「付き合いの長い彼女が居るんだって、結婚するのかしら?」なんて事を母から聞かされなかったら、元夫のプロポーズに頷いていたか分からない。
私の人生に大きく影響を及ぼしたのは幼馴染という存在だった。

「忘れたかった。 忘れられると思っていた…でも、俺はお前だけを求めていた」
満輝の顔をじっと見つめながら幼馴染は小さく呟いた。
「子供の名前に私の字をつけるくらい、私に囚われてたの?」
つい口からそんな疑問が出てしまった。
「…この子は、満月の夜に産まれたんだ。 それを理由にこの名前をつけたと妻には言った…
でも、本当はお前の一文字を貰って名付けた…俺は小さな時から一緒だったお前を心の中で追い求めていた…」
どう答えていいのかわからなかった。
「今はお昼寝の時間なの?」
幼馴染の腕の中でスヤスヤと眠る満輝。
「散歩してたら疲れたんだろう」
「このまま家に帰るの?」
「ああ」
「時間があるんなら…少し抱いてもいい?」
「抱いてみたいのか?」
「うん。 私、子供居ないから上手に抱けなくて泣かせたらごめん」
「よく寝てるから大丈夫だと思うけど」
そっと優しく満輝を腕に抱いた。
その重みに胸がグッと詰まる。
幼馴染は自分の子供を腕に抱けているのか。
私は、きっと一生叶わない事を幼馴染はいとも簡単にやってのけている。
…幼馴染に対する対抗心で結婚したくせに、結果は惨敗じゃないか。
離婚したという事実はお互い様かもしれない。
けれど、幼馴染は自分の腕に自分の子供を抱けているのだ。
羨ましい。
本気で思った。


母から幼馴染は離婚を機に実家のあるここの近くの支社へ転勤してきたのだと聞いた。
「あんたは結婚してからこの家に寄り付かなくなって…」
「うん…」
「急に離婚するから実家に帰らせてほしいだなんて言ってきて、お母さんもお父さんも本当に驚いたのよ?」
「ごめんなさい」
「でも、離婚の理由が理由だし、相手の方の気持ちも分かるから…」
「うん」
「あんたはショックだったと思うけど…いつかそのままのあんたを受け止めてくれる人が現れるわよ。
それまでゆっくり人生を考えたらいいわ」
「一人で生きていくって決めてるよ」
「そんな事言わないで」
母はとても悲しそうな顔をした。
「お母さんとお父さんの娘っていう肩書きだけで生きていく。
誰誰さんの奥さんにも、誰誰ちゃんのお母さんにももうなれないから…」
私はポロリと涙を流す。
母も一緒に涙していた。
一人娘の私が嫁いで、その後あまり連絡を寄こさなくても、私が幸せならそれでいいと思ってくれていたのだと思う。
あまりにも幼馴染と近しい関係の両親から、必然的に幼馴染の近況が耳に届くことを嫌だと思っていた。
幼馴染が結婚した事も、子供が産まれていた事も知りたくなかった。
私より幸せになっている事を悔しいと感じてしまうと分かっていたから。

なのに、幼馴染は自分の腕に子供を抱けたのに、家族での幸せを手放してしまっていた。
その原因が、私だった。
結婚した理由でさえ、私に似ている女性だったから…だなんて…

就職先を探すために通っているハローワークの帰り、公園の前を通ると幼馴染と満輝が滑り台で遊んでいた。
「満輝くん、こんにちは」
「おぉ」
返事をしたのは幼馴染。
「仕事は?」
「今日は代休」
「へ~、平日に休みになることがあるの?」
「ああ。 休日出勤が重なっていたんだ」
「それじゃあ、満輝くん 寂しかったね~」
私は満輝に話しかける。
私に手を伸ばしてくる満輝。
思わずその手を握った。
その時、
「あ、始めまして~。 満輝くんのお父さんとお母さん」
と声を掛けられた。
驚いて振り返ると、若い女性が満輝と同じ年頃の子と手を繋いで立っていた。
「あ、いや、コイツは…」
幼馴染が慌てている。
「私、ここあの母です。
満輝くんてお母さん似なんですね」
その女性は満面の笑み。
「え?」
私は満輝の顔をよくよく見る…
似てる…私は驚愕する。
睫毛の長くくっきりとした二重の目元も小さな口元も、本当に私によく似て見えた。
輪郭や鼻や肌の色は幼馴染に似ている様だ。
「う~ん違うかな? お母さん似っていうより二人の良いところを貰った感じですかね?
満輝くんはイケメンですもんね! じゃあ、私達 今日はお買い物に行くので、また」
と笑顔で去って行った。

「なんか、勘違いされちゃったね」
「ああ、ここあちゃんのお母さんとはお袋がこの公園で知り合って。
子供の年齢が一緒だから、満輝とここあちゃんを時々遊ばせてもらってるんだって聞いてた」
「そうなの…
あの、奥さんが私に似てたって本当なんだね」
「ああ、見た目だけは…」
「性格は、私と違った?」
「そうだな…甘えたがりで、自分が一番でないと我慢できない感じだったな…だから自分に誰かを重ねて見ている様な俺に我慢ならなかったんだろう」
…幼馴染がいくら心の中で私を求めていたとしても、私とは高校卒業を機に一度も会っていない。
子供までいるのに、浮気した訳でもない夫に我慢ならなくなって違う男の元に行ったというのは確かに自分が一番でなければ我慢ならない性格なのだろう。
「でも、子供の名前に自分の想い人の字を使うなんて、酷いと思うけど…」
「…妻はお前の事を何も知らないんだ。 お前の名前から一文字貰ったなんて知らなかったと思う」
「そうだろうけど…」
「妻も子供も愛せると思っていたのに…どうして俺の心の中が分かったのか」
「満輝くんの事は愛してるんでしょ?」
「ああ、もちろん」
柔らかく笑う幼馴染に父性を感じた。
ちゃんと父親してるんだ…羨ましい。

「ま~ま~」
その時、満輝がそう言った。
「!?」
満輝は私を見ている。
そんなに似ているの?
自分の母親と見間違うくらい?
「満輝、この人はママじゃないだろ? 満夜お姉さんだよ」
「ま~ま~」
私に抱きついてくる満輝。
温かな温もりを抱きしめてしまう。
可愛い…可愛い。
そればかり思った。

「なぁ、俺達結婚しないか?」
「は?」
「満輝にとって、母親が必要だろうし…俺も、お前が欲しい」
「満輝くんの母親を蔑にしたのは自分でしょ?
満輝くんの事を本気で考えているなら、私に母親の代わりをさせるより本当のお母さんに頭を下げて戻ってきてもらうべきでしょ!?」
「それができるなら、離婚なんてしてない。
満輝の母親はアイツでも、俺の中に愛情は存在していない。
アイツだって俺への愛情は残っていないだろうし、満輝への愛情だってあるのか分かったもんじゃない」

何故かその日から、暇さえあれば満輝の面倒をみている私。
正社員での採用は難しかったので、パートの仕事を始めた。
パートの休日は家事を手伝うか、満輝のお世話。
幼馴染の母親には、申し訳なさそうに
「満夜ちゃん、いつもありがとう」
とお礼を言われる。
さすがにバツ1コブつきの息子の嫁に来てとは言ってはこない。
…でも、私は子供を授かれないから、コブつきでも全然構いませんよ。なんて思い始めている事は内緒。
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