私、古書店の雇われ主人です。
航君と羽鳥さんは今ではもうすっかり仲良しで、なぜかTシャツ自慢をするのがお約束になっている。以前は航君が顔を見せるのは平日だけだった。けれども最近は休日にもこうして店に来てくれる。

お母さんの話によると、学校へ行かなくなってからずっと、航君は休日を家に閉じこもってすごしていたらしい。外出すれば知り合いに遭遇することもあるだろうし、彼なりにいろんな思いがあったのだと思う。

でも、今の航君はいきいきとして見える。

(やっぱり羽鳥さんの影響なのかな?)

航君は羽鳥さんの紹介でフリースクールへ通い始めた。B大の教育学部が運営していて、不登校の子どもたちを支援しているのだという。

航君にとって羽鳥さんと出会えたことは幸運だったに違いない。フリースクールのことだけでなく、もっといろんな意味で。

羽鳥さんと話していると不思議と癒される。心がぐっと広がって、ゆったりした気持ちになれるのだ。世界が広がる、というのかな? 羽鳥さんて本当に旅人みたいだ。

「ねぇねぇ、航君が行ってる教室ってB大の中にあるの?」

「そうですよ」

「じゃあ私も行ってみたいな。それで、羽鳥さんの授業にもぐりこんだりするの」

「いいですね。終わったら学食で飯食って」

「それいい! いつにしよう? って、お店の定休日じゃないとダメか」

「ちょっと、航君もカンナさんも勘弁してよ……」

苦笑いしつつも、まんざらでもなさそうな羽鳥さん。航君と私はいたずらっ子みたいに「ねー」と顔を見合わせ愉快に笑った。

旅好きな心優しき賢者と、聡明で誠実な若き冒険者と、私は――何者だろう? 旅人が集う酒場ならぬ「旅人が集う本屋」の主人といったところかな?

「私、大学の図書館にも行ってみたいなぁ」

「それなら必要な手続きをすれば入れると思うよ」

「本当ですか!?」

「うん。興味津々だね」

「それはもう。こういう商売してますからね。日々是勉強です」

「なるほど。それは熱心なことで」

「修行中の身ですから」

雇われ主人から正真正銘の女主人になるまで、修行の旅はまだ続く――。



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