私、古書店の雇われ主人です。
結局――翌週の定休日、私は羽鳥さんと二人で出かけることになった。

「航君、やっぱり負い目を感じているんですね」

「そうだね。彼なりに思うところがあるんだろうね」

県北の田舎町へ向かう旅。都市部とは逆方向へ向かう列車は乗客も少なく静かなもの。

羽鳥さんと私はボックス席に向かい合って座っていた。

「“学校を休んで小旅行はさすがにダメでしょ”って言ってました」

「お母さんは許可しそうだけど、お祖父さんのことがあるからねぇ」

「ですね」

「航君はさ、たとえ登校していなくてもちゃんとしなきゃという気持ちが強いんだ。ズル休みして気楽に遊び呆けていると思われるのが辛いんだろうね」

「勉強もしっかりしてますもんね」

お店でも他のお客さんがいないときに勉強していることがある。ときどき、わからない問題を聞かれて私は冷や冷やしたりして。

「彼は真面目だよね。それに、ちょっと気を遣いすぎるところがある」

「確かに。繊細だし、周りに気をまわしすぎというか」

「そう。本当に“いろんな意味で”ね――」

「へ?」

なんだろう? ちょっと含みのある言い方。なんか気になるんですけど……。

「ところで、キャラメルでも食べるかい?」

「えっ。あ、はい」

上手くかわされた気がするのは、私の思い過ごしだろうか? 

考えてみれば、こうして羽鳥さんと二人きりで出かけるなんてことは初めてなわけで……。

気づまりするということはない。ただ、航君に勧められるまま、あまり深く考えずに来てしまったけど、それは思慮が浅かったかも。

(男の人と二人きりで電車に乗って、遠くの街へお出かけって……)

羽鳥さんはお客さん。でも、他のお客さんとは違う。ちょっと特別なお客さん。それは、お祖父ちゃんのお友達だから。でも、今はもうそれだけじゃない気がする。私にとっても大切な――お友達?

「はい、一羽目」

「えっ」

(私ったら、ぼんやりして……)

はっとして顔をあげると、銀色の小さな鶴が窓辺にいた。

「可愛い。羽鳥さんて器用なんですね」

「カンナさんはずいぶん難しい顔をしてキャラメルを食べるんだね」

「そんなことはっ……」

思わず奥歯を噛みしめると、口いっぱいに甘さがじわっと広がった。

「私も折ります、鶴」

「いいね。一羽じゃ淋しいから」

「折り紙、わりと得意なんです」

私は指先に全神経を集中させて、キャラメルの包み紙を熱心に折った。

「カンナさんらしい鶴だね」

「え?」

「丁寧で几帳面な君らしい。ほら、僕のは尾っぽのところがズレてるでしょ」

「あ、本当に。でも、ちょっとだけじゃないですか」

「まあね。でも、君のはまっすぐで凛としている」

窓辺に佇む二羽の折鶴。羽鳥さんが楽しそうにニコニコ笑う。

私だって楽しい。楽しくて嬉しい。なのに、このぼんやりとした戸惑いは何なのだろう?

(この二羽は、お友達? それとも――)

さらりと聞いてみればいいのに。なんとなく聞けないまま、甘くなった口の中へ冷たい緑茶を流し込む。

そうして他愛のない話をしながら時間は流れ、キャラメルも一箱食べ終えると――鶴は、十二羽の群れになっていた。


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