明治恋綴
和服、というよりも少し前に侍達が着ていた袴みたいな恰好。いや、それよりも忍装束のほうが合っているだろう。とにかく変わった服装の子供が立っていた。面は目元を隠していて、隠されていない口元は薄く閉じている。面と恰好のせいで男女の判断が出来ない。しかも今時見ない小刀を背中に差している。
「お前は、誰だ…?」
自然と漏れた問いに、面をつけた子供は軽く綴を一瞥すると勢いよく床を蹴り、車体から飛び出した。そしてそのまま車体から放り出されていた襲撃者に、背中から引き抜いた小刀を振った。
綴はふと、頭上から破片がパラパラ降ってきているのに気が付いて、顔を上げる。車体の頭上にある天窓が強引に破壊されていた。どうやら面の子供はここを蹴破って、そのまま襲撃者を蹴飛ばしたらしい。

…なんだ、これは。現実なのか?

自分の手や服にべったりとついた血。まだ痛む喉元。そして目の前で行われていること。自分の祖父の葬式に行ったばかりなのに、それが遠い過去のような時間の流れを感じた。
面の子供はその小柄な体型に似合わず、次々と相手に剣戟を打ち込む。相手はそれを何とか刀で止めるしかできていない。力の差は歴然だった。面の子供はぐんと体勢を落とすと、襲撃者の懐に入り素早く己の小刀で相手の刀をはじいた。はじかれた刀が地面に刺さる。自分の得物が無くなった襲撃者は一瞬狼狽え、その瞬間。

面の子供が、自分の腕を相手の胸に深く突き刺した。

「やめろっ!!」
綴は咄嗟にそう叫び、車体から飛び出す。が、面の子供の次の行動に目を疑った。

面の子供がゆっくりと自身の腕を相手から引き抜く。その腕は全く血に染まっていなかった。そして襲撃者の胸に穴も開いていなかった。代わりに、面の子供の手には赤黒い“何か”が掴まれていた。腕を引き抜かれた襲撃者は突然糸が切れたように、地面に倒れこんだ。
「死ん、だのか」
面の子供に綴はそう尋ねる。すると面の子供は軽く首を振り、ある方向に顔を向けた。綴も釣られて同じ方向を見る。
そこには男がいた。黒髪で前髪は長く、目元は見えない。浴衣を着て、肩掛けをだらしなく着込んでいるその男は杖を突きながら、綴の方にゆっくり歩いてきた。
「初めまして、九条院綴様。ご依頼、ありがとうございます」
男は深々と頭を下げ、被っている中折帽を胸の辺りに持ってきた。
「…ご依頼?なんのことだ」
綴が警戒心を醸し出しながらそう聞くと、男は可笑しそうに笑った。目元が見えない分少し不気味さを出している。
「紹介が遅れました、私めは狗狼衆の一人・ツネオミ。そして彼は…」
男__ツネオミは面の子供に手を向け指し示す。

「貴方のお祖父様・九条院惟隆様がご指名した、“柊≪ヒイラギ≫”です。以後、よろしくお願い致します」

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