理想の人は明日から……
 大手ブランドメーカーに憧れて入社し、レディース部門に配属され三年目になる南楓(みなみかえで)二十五歳。営業担当と言っても、主に社内での発注など事務的な事が殆どだ。

 それでも、好きなブランドの服に関われて、仕事は楽しく充実している。


 もう、昼休みも終わり十分も経つのだが、部長の白川達哉(しらかわたつや)三十三歳は、スポーツ新聞を顔に乗せたまま動かない。

 寝ている……


 書類を片手に部長のデスクの前に立ったが、部長はまだ気が付かない。


「部長! 承認印を頂きたいのですが!」


 私の少し大きな声に、部長の肩がぴくっと動いた。

「ああ、そこにあるから捺して持って行って…」


 部長の眠そうな気の無い声に、私の頭はカチンと音を立てた。


『バシッツ』


 私は部長のデスクを手の平で思いっきり叩いた。

 部長の肩は、さっきより大きく揺れ顔の上のスポーツ新聞が、バサッと落ち、女の人が嫌らしく胸を指し出している写真が床に広がった。


「部長! ちゃんと確認してから印鑑押して下さい!」
 私は声を荒げて言った。


「ああ、大丈夫だよ、南が間違える訳ないから……」

 スポーツ新聞を何の悪びれもなく拾い上げ、ニコッと顔を上げた部長の顔は整った綺麗な顔立ちなのだが……


「部長! そう言いう問題じゃないですよね! きちんと確認して下さい。それに、とっくに昼休みは終わっていますから!」


「はい、はい、すみません」


 また、ニコッと笑ってごまかす。

 本当に軽い男だ。


 私は、チラッと机の上のスポーツ新聞に目をやった。

「最低……」

 私はぼそっと部長に向かって言った。


 そして『チャラ部長!』と口に出さずに言った。


 部長は頭に手をやり、「あははは」と笑っている。

 本当に最低だ。


 しかし、顔とスタイルは良く、いつも違う女を連れているとい噂が後を絶たない。
 仕事も、オフィスではだらだらと不真面目で、私の怒りをいつも買っている。

 なのに、営業成績はトップで、営業部に来る前は企画開発部で成果を出し、赴任先のアメリカの本店でも企画に関わっていたという、若手エリートだとか…… 

 この数分の光景からは想像も付かないのだが、仕事のスイッチが入ると、人が変わったように厳しくなる事を、何度か得意先の営業に同行した時に見て、知ってはいるのだが……
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