眠れぬ王子の恋する場所


風邪が移っても文句は言わないでほしいと最初に言ったはずだし、そもそもキスしてきたのは久遠さんだ。
それに、キスが原因で風邪を引いたとも限らない。

それでも、〝依頼〟として頼まれてしまえば私に断る権利なんてものはなくて。

熱を出して寝込んだ翌々日。

オフィスに着くなり、社長に「お。佐和。久遠が熱出したから来いって」と言われたら、渡されたメモに書かれた住所に行くほかない。

「石坂が来るとうるさいから、今すぐ向かってくれるか? 石坂、久遠の依頼だって聞くと飛びついてくるから」

迷惑そうに言った社長の言葉に、思い当る節はあったから、言われたとおりすぐにオフィスを出た。

石坂さんと顔を合わせたら私自身も面倒だから、足早に駅に向かう。

朝の通勤時間。
駅から出てくる人の波を避けながら、駅構内に入り満員に近い電車に乗り込む。

ドア横にあるポールにつかまり、場所を確保してから、社長から受け取ったメモを確認する。

書かれている住所は、いつものホテルではなかった。
マンション名が書かれているけれど……もしかしたら、久遠さんの自宅とかだろうか。

たしか、ひとり暮らしだけど部屋にいるのが落ち着かないって理由でほとんどホテルで過ごしているって話だった。

その話題になったとき、久遠さんの雰囲気が少し固くなった気がして、あまり深く聞くのも悪いかなとすぐ会話を切り上げてしまったから、久遠さんの自宅について詳しくはわからない。

さすがに薬とかなくて部屋に戻ったんだろうか。

ホテルでも、薬とか頼めば持ってきてくれる気もするけれど……と考えながらしばらく電車に揺られているうちに、不意に社長が言っていた言葉を思い出す。


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