眠れぬ王子の恋する場所


あのパズルにはたぶん、催眠効果があったんじゃないかと思う。それか呪いの類。

そうじゃなきゃ、出逢って一日目の久遠さんとあんなすんなり、握手でもするような心持ちで関係を持ってしまうなんてありえない。

甘く迫られたわけでもないのに……と頭を抱えて、ん?と思う。

……そうだ。甘く言い寄られたわけじゃない。

久遠さんは言葉遣いだって態度だって悪かった。
初めて逢った人間に対する礼儀なんて微塵も感じなかったし、昼寝して起きてからはまだしも、それまでの態度なんてはっきり言ってひどかった。あれはない。

御曹司だと周りにチヤホヤされて育ったのかもしれないけど、人としてどうかと思うレベルにひどかった。

……なのに、だ。
私は……なんで久遠さんを拒みたくないと思ったんだろう。

あの冷たい手を、瞳を。
受け止めたいなんてことを思ったんだろう。


「佐和。昨日は悪かったな。結局、あのあとどうした?」

翌日出社すると、既に社長の姿があった。

出社時間は八時半で、今は八時だ。
社長が早い時間に出社すると、一応、一番の新人である私はもっと早くに出社しなくちゃならなくなるからやめてほしいと言ったのに、社長は聞く耳持たずで毎朝八時前出勤を繰り返す。

この人は仕事場が本当に好きなんだなと、私が諦めることにしたのは入社して半月が経った頃だった。

新人だから一番に出社しないと、っていう考えは、次の職場に移ったとき持ち出すことにして、頭の奥に押し込んでいる。

「その前に社長。よくよく考えると、男のひとり暮らしの部屋に女ひとりで送りこむって問題ですよ」

バッグを机に置きながら言うと、社長は、なに言ってんだとでも言いたそうに、ははっと笑う。


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