エリート御曹司が過保護すぎるんです。
 そして、夏の暑さと同じくらい苦手なのが、朝の通勤ラッシュだ。


 初めて電車に乗ったときのことを思い出すと、今でも泣けてくる。

 ギュウギュウに押され、おろしたてのスーツはしわくちゃ、セットした髪もボロボロ。

 極めつけは、不埒な手がお尻に伸びてきて、身動きがとれないのをいいことに、電車が停車するまで執拗に触りまくっていた。


 都会の手痛い洗礼を受けたあと真っ先に飛び込んだのは、会社近くのサイクリングショップ。
 速攻で通勤用の自転車を買った。

 アパートから会社まではけっこうな距離がある。
 けれど、あんな痴漢電車に乗るよりはマシだ。


 夏場はつばの広い帽子を目深にかぶり、日焼け防止の二の腕まである手袋をつけて自転車に乗る。
 かなりの重装備で、正直いって暑苦しい。

 でも、ここが我慢のしどころだ。
 夏の紫外線を無視できるほど、肌年齢は若くない。


 風を切って自転車をこぐ。
 交通量の少ない裏道を見つけてから、とっても快適に通勤できるようになった。

 雨の日だって、カッパを着ての強行軍だ。
 更衣室に着替えを一式置いておき、多少濡れても大丈夫なようにしてある。


 川沿いで犬の散歩をしている老夫婦。
 ランドセルを背負って走っていく小学生。
 暑いなか、徒歩でビル街に向かっていく会社員。

 みんなここ数年で見慣れた光景である。
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