恋は突然に 意地悪なあなたの甘い誘惑
綾乃は、壁を見ながら毒づいていた。
「じゃあ、今日は…バラードか。」

(- バラード?こんなちゃらそうなバンドがバラードとか笑わせ…。)

「・・・!!」

綾乃は言葉を失った。

「すごいだろ?」
父はそんな綾乃の顔を見て言った。
父もさっきまでの笑顔はなくなり、プロの目に代わっていた。

「ヒロ、そこもう少し柔らかく。タク、ベースもう少し歪ませて。」
父の的確な指示により、音楽が出来上がっていく。
切ない中にも壮大なバラードだった。

「いったん、休憩。」

ぞろぞろとメンバーが出てくる中、綾乃は放心していた。

「何?カッコヨカッタ?」
カズが綾乃のそばに来ると、小声で言った。

綾乃はカッとし、
「あんたの音楽なんてニセモノでしょ?」
その言葉に、カズの瞳の色が変わった。

「クソガキが何をわかった口きいてるんだよ。」
冷たく低い声に、綾乃はビクっとなった。

それでも、冷たい瞳を向け、
「ホントにあんたが作ってるの?」
それだけ言うと、綾乃は部屋から外に出た。

カズの冷たい瞳にまだ、足がガタガタ震えていた。

化粧室に向かい、個室の鍵をかけ、大きく息を吸った。

(- なに、あの音楽。ホントに、あいつが作ってるなら…天才だ。)

綾乃は初めて感じたその感覚にめまいを覚えた。
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