好きですか? いいえ・・・。





ドアの向こうからは、お母さんがシャワーを浴びている音が聴こえる。壁に掛けてある時計の針のチックタックという音がやけに大きく聴こえる。外ではカエルがゲーゲーと気味の悪い声を出して鳴いている。その傍にある道路を原付バイクがブーンと走行していく。静かな夜にもいろんな音が聴こえてきて、本当の意味での静かな夜なんてものはこの世にはないんじゃないかと思う。



「ねえ、落合くん。」



「どうした? 眠いの?」



「いや、そうじゃなくて……。」私は学習机の上に置いた財布を指さした。



「ちょっと勉強は休憩して、アイスでも買いに行かない?」



「アイス?」落合くんはシャーペンのフリック部分をこめかみに当てた。



「別にいいけど、勉強しなくていいの?」



「いいじゃん。休憩だよ、休憩。」



「それなら……。」と落合くんは持ってきたリュックサックから財布を取り出した。



「オレが出すよ。」



「いいよ、私が提案したんだし。悪いよ。」



そう言った私の言葉を無視するように落合くんは私を抱きかかえて、車椅子に乗せた。こうやって抱きかかえられるのは2回目なのに、手慣れたものだなって思う。お母さんより数倍も上手くて、数倍ドキドキする。



「んじゃ、行こうか。」



車椅子はドアを開けて、ゆっくりと進んだ。脱衣所でドライヤーをかけているお母さんに出くわした。お母さんはドライヤーのスイッチを切って、「どこに行くの?」と訊いてきて、私は「ちょっとコンビニ。アイスでも買って来ようかなって。」と答えた。



「それじゃあ、ついでに明日の朝食も買っておいでよ。お金は後で払うから。」



それからお母さんはドライヤーのスイッチを入れた。「気を付けて行っておいで。」とは一言も言わなかった。学校まで送り届けた後でさえ、「気を付けて行っておいで。」と言うお母さんが、最近は一度も言っていない。



きっとお母さんは、落合くんと一緒だから大丈夫って思ったんだと、私はそう思うことにした。




< 103 / 204 >

この作品をシェア

pagetop