先輩、一億円で私と付き合って下さい!
「広崎を利用すればお金は心配いらないんだから」
「いつの間にか、広崎を許してるんだな」

「許してるとかそういう問題じゃない。それを飛び越えて、あなたの事を考えてるだけ。それに憎んだところで虚しいだけって気が付いたの。憎しみを持ってたら絶対に自分は幸せにはなれないもの。それよりも私は嶺に医者になってもらって、母親として喜びを噛みしめたいわ」

 俺は思わずため息をもらしてしまった。

「あなたが納得いかない気持ちもわからないではないわ。とにかく一度、広崎、いえ、あなたのお父さんと会ってみて。話はそこから決めればいい。ちょうどこっちにでてくるから、話し合いたいって連絡が入ったの」

 俺は言葉を失い、自分の気持ちをどう処理していいのかわからなかった。

 自分の父親を知らずに育ち、今まで会った事すらないのに、急に会いたいと言われても困惑するだけだ。

 だが、俺の中ではどんな男か見てみたいというのもあった。

「わかった。会ってみるよ」

 俺が肯定的に返事したのに、母も結局のところ複雑だったのだろう。
 目を潤わせながらも、口元は無理して笑おうとして震えていた。
 どこかで葛藤している部分が見受けられた。

 割り切ってると言いながらも、母の本心は心の奥深くで傷を残していた。
 疼いて痛いのを必死で我慢していたのかもしれない。

 全ては俺のために。

 結局のところ、俺たち親子は、過去の事はなかった事にはできないが、それにいつまでも執着しても仕方がない事もわかっている。

 必死に立ち向かわなくてはならない岐路に立たされてるということなのだろう。

 時間の流れは、どこかで折り合いがつけられるように、当時の感情をある程度薄めてしまう。

 それがどう影響してくるのか、正直わからない。

 ただ後悔のないように、自分がどう向き合うかで意味を成してくるものだと思う。
 そう後悔がない事が、この場合重要な事だった。

 例えその時、腹が立ったとしても──
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