先輩、一億円で私と付き合って下さい!
 それはレスポワールのろうそくだった。

 もしかしたら、もしかしたら──

 なんだか急に希望が湧いて、ドキドキとして手が震えだした。
 ノゾミがもたらしたこの世界の発端はこのろうそくのせいに違いないと、一縷の望みが現れた。

 だが、ただ火をつけるだけではだめなような気がする。
 ノゾミが作り出した願いが叶うケーキ──これだ!

 思い立った俺は戸棚を開け、小麦粉を引っ張りだした。
 冷蔵庫からはバターと卵。

 だが生クリームがない。
 オーブンもなかった。

「材料を揃えてもどうやってケーキ作るんだよ」

 気持ちだけが先走り、事が上手く行かなくてもどかしくてたまらない。

 その時ハッと閃いた。
 フライパンで作ればどうだろうか。

 もしかしたら、なんとかなるんじゃないだろうか。

 ノゾミに教えてもらった事を思い出し、俺は卵を割ってボールに入れた。
 それを泡だて器でかき回すが、手首が痛くてだるい。

 しかし、そんな事言ってられない。
 一心不乱で泡だて器でかき回していた。

 次第に手ごたえが出てきて、もったりしてくる。
 ノゾミに教えられたあの時と同じように生地を作っていった。

 見掛けは結構それらしきものができた。
 これならいける。

 ドキドキとしながら、フライパンをガスコンロに置いて火にかけた。
 しかし生地を流し込めば、ただのホットケーキになってしまった。

 でも、めげずに数枚焼いて、焼きあがったものを重ねていく。
 そうするうちに形だけでもケーキになってくれた。

 生クリームも飾りも何もない、積み重なったホットケーキだが、俺にとっては願いが叶うケーキだと、ぐっと力を込めて言い聞かせた。

 そこにろうそくを飾り、さらにぐっと腹に力を込めた。

 俺が願う事──それは過去に戻ってノゾミを助ける事。
 ノゾミを救いたい。

 白血病でも、治療が早ければ助かる道がある。

 俺は絶対にノゾミを死なせはしたくない。
 ノゾミが俺を死なせたくないと願ったように──

 ろうそくに火を点け、俺は暫くその炎を見て、精神を集中し、そして願いを心に強く浮かべて、息で吹き消した。

 きっと何かが起こる。
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