先輩、一億円で私と付き合って下さい!
 そう信じていたが、時計の針は進むばかりで、何も起こる気配がなかった。

「なんでだよ」

 がっかりしてしまうも、ずっと堪えて奇跡を信じてケーキを睨んでじっと座って待っていた。

 しかし、何も起こらない事に段々虚しくなってきた。

 その内八つ当たりするように、目の前のホットケーキにフォークをグサッと差し込み、一枚を持ち上げて大胆にかじってやった。

 口の中がパサパサして、飲み込むときむせてしまう。

「こんなケーキじゃだめなのか……」

 意気消沈して、テーブルに突っ伏し、いじけてしまう。
 暫くそのままの格好でじっとしていると、ドアベルが鳴った。

「こんな時に、一体誰が来たんだろう」

 夏なのに、急に寒気を感じ震えながら、ドアを開ければ、いきなり「お、お誕生日おめでとうございます!」と女の子の声が聞こえてきた。

 その子は無理をした様子で、おどおどして、俺にケーキの箱を差出している。

「えっ、誕生日? 俺の?」
「はい。ケーキをお届けに参りました」

 ケーキの箱から視線を移して、目の前の女の子の顔を見れば、真っ赤になっていた。
 その時俺は目を見開いた。

「ノゾミ!」

 名前を呼ばれ、ノゾミはびっくりしている。

「もしかして、今日は12月25日?」
「はい、そうですが……」

 俺は後ろを振り返り、家の様子を見てみた。
 ストーブがあり、壁に掛かっていたカレンダーは去年の12月に戻っている。

 俺はハッとした。
 過去に戻ってる。

 もしかして、これはホントに……
 そう思った瞬間、俺はノゾミの腕を引っ張った。

「ノゾミ、とにかく上がれ」
「あの、下で姉が車で待ってて」

「それじゃユメさんもここに連れてきて」

 親しげに自分と姉の名前を呼ばれたから、ノゾミは益々困惑している。

「でも、あの」
「俺の誕生日を一緒に祝って欲しいんだ。頼む」

 俺が顔を近づけてお願いすると、ノゾミは真っ赤のまま断りきれずに承知した。

「わ、わかりました。ちょっと待ってて下さい」

 ノゾミはケーキを俺に渡して、慌てて下に居る姉を呼びに行った。
 俺はその後姿をずっと見ていた。

 またノゾミに会えた喜びで嬉しくてニヤニヤが止まらない。

 ノゾミがエレベーターのボタンを押して振り返る。
 俺がじっと見てたことに恥らって、そわそわしていた。

 エレベーターに慌てて乗り込み、視線をあちこちに漂わせて、ドアが閉まりだすと軽く頭を下げた。

 俺をまだよく知らないノゾミに会うのは新鮮だった。

 しかし、戻れたことは嬉しいが、これからどうすればいいのだろう。
 俺はノゾミを助けられるんだろうか。
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