あなたが生きるわたしの明日
翌朝、鏡を見て私は悲鳴を上げた。

陽子さんの顔がひどい。
ひどいとしか言いようがない。

昨日、お風呂に入らずに寝てしまったから、朝シャワーを浴びてちゃんとメイクを落としたのだけど、昨日買ったばかりの化粧品でいくらメイクをしても肌はカサカサだし、目の下のくまもぜんぜん消えていない。

肌がまるで砂漠みたい。
砂漠というか荒野。

どれだけ疲れていても一晩寝れば元気になっていたし、一日メイクを落とさなくても朝にちゃんと洗顔すれば元の肌に戻っているはずなのに。

これは、やっぱり陽子さんがアラフォーだからなのだろうか。

「ああ、こんな顔で外に出るの嫌だ」

会社なんて休んでしまおうかと思った。
三十日間しかこの世にいられないのに、あんな退屈な仕事なんかしていられない。

陽子さんのお金でもっと服を買っておしゃれしたり、おいしいものを食べにいったりしようか。
それとも、一度してみたかったエステに行ってみるか。
ひとりでちょっとさみしいけど、テーマパークにいってみるか。

やりたいことが次々と浮かんでくる。

「あ……」

私は顔をしかめる。
サトルの話を思い出したのだ。

「人格を破綻させちゃだめ……」

会社を休んで好きなことをする、それはもしかしてこれに違反するんじゃないだろうか。
だいたい、陽子さんという人がどんな人かもわからないのに、破綻する言動は禁止するって言われてもな。

でも、無事に最後まで陽子さんでいればlevel7のアリーナで見させてくれるんだし。

『会社を休んで遊ぶ』と『level7のアリーナ席』と天秤にかけると、ものすごい勢いで『level7のアリーナ席』の方に傾いた。

普通にチケットと取るのも抽選で、何回チャレンジしても取れないのに、それがアリーナで見れるというのだから……。
仕方がない。

会社に行こう。

昨日買った高級な化粧品をいくら重ねてみても、私が思うような肌にならない。

仕方がないので、肌はあきらめてアイメイクをきちんとすることにした。
眉を少し太くして、アイラインをひき、マスカラやブラウンのアイシャドウを塗ると、思ったとおり、陽子さんの顔はパッと華やかになった。

コーラルピンクのチークとリップグロスも塗ると、ふんわりと優しい顔になる。

それに、昨日買ったばかりの袖がベルスリーブになっているブラウスと、ベージュのフレアスカートをはいてみた。

なかなかいい。鏡の前でくるりと回ってみる。
痛い若作りは一番だめだし、かと言っていつも陽子さんが着ているような服は地味すぎる。

これくらいなら、大人かわいいっていう感じで三十八歳の陽子さんにぴったりだ。
肌がボロボロなのには目をつむって、スモーキーピンクのパンプスに足を入れた。

さぁ、二日目が始まる。
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