あなたが生きるわたしの明日
電車に乗り込み、ドアのすぐ近くに立つ。
窓におばさんがうつっているな、と思っていたら、しばらくしてそれが陽子さんの顔だと気付き、ハッとした。

陽子さん、十歳くらい老けてない?
目の下のくまもすごいし、それに口の回りのしわ、朝にはこんなにくっきりしてなかったと思うんだけど。
いや、朝からもあったのはあったけど、こんなに目立ってなかったはずだ。
髪の毛もつやがなくボサボサだし、唇もかさかさだ。
陽子さんは、たしかにおばさんではあるけれど、きれいな顔立ちをしているはずなのに、窓にうつるのは疲れきった顔のおばさんでしかない。

思わず、次に止まった駅で飛び降りた。
そのまま、駅前の百貨店に向かう。
朝、メイクをするときに、もっといろいろな化粧品を買おうと決めたのに、疲れていてすっかり忘れていたことを思い出したのだ。
それに、陽子さんの服は地味すぎる。
もっと亜樹ちゃんやキラキラしたフロアのお姉さんたちみたいな格好をすればいいんだ。

百貨店の一階に入るといろんな化粧品メーカーのお姉さんたちが出迎えてくれた。
前の私なら絶対に立ち入れなかったような高級なお店だ。
私なら、プチプラと言われる化粧品メーカーで十分だし、それにこんな高い化粧品には手が届かないけれど、陽子さんはもう大人の女性だし、それにお金もある。
ぶらぶらと歩いて、眉マスカラやアイシャドウ、マスカラ、チークなどをお店のお姉さんにアドバイスをしてもらい、一通り買った。
他人のお金で好きなものが買えるって楽しい。

化粧品の次は、服と靴。
頭の先から足の先まですべて買うと、両手にいくつもの紙袋を持って百貨店をあとにする。
アラフォーも悪くないな、と初めて思った。

買ってきた服のタグをすべて外し、きれいにたたんでクローゼットにしまっていると、クローゼットの奥に黒い炭が入った段ボールがあるのに気づいた。
炭には消臭効果があるってお母さんが言っていたことを思い出す。
消臭用にしては大きい気もするけど。
うちの家の靴箱にももっと小さかったけど、こういうの入っていたなぁ。

私がいなくなって。
今頃、家族のみんなはどうしているのだろうとふと思った。
もうお葬式も終わったし、お母さんはいつも通りパートに行ってるのかな。
沙耶も今日は学校がある日だよね。
看護学校にいくために、まだ高校一年生なのに毎日寝る前に二時間も勉強してるような子だもん。
私よりもよっぽど将来のことを考えてて、夢もあって頑張れる子だから、きっと大丈夫だよね。

自虐的なわけじゃないけど、死んだのが妹じゃなくて私でよかったなと本気で思うんだ。
そりゃ、出来れば死にたくなんかなかったけれど。

たいして大きな夢もなく、やりたいこともなく、ただ楽しく生きていければそれでいいと思ってた私よりかは沙耶の方がきっと立派になると思うから。

『志の高いよく出来た妹を持つと、姉は苦労するよ』なんて、ふざけて言ったりしてたけど、本当は夢のある沙耶がうらやましかった。

次に生まれ変わる時は、私じゃない誰かになりたい。

「あーぁ」

すべての服をしまい終わり、ベッドにごろんと寝転がる。
腰がものすごく痛い。
お腹もすいたけど、起き上がる体力が残っていない。
あれ食べたい、これ食べたいという気持ちはあるのだけど、腰が痛くて起き上がれない。
テレビも見たいし、おふろにも入りたい。
あれもこれも、と考えているうちに、いつしかそのまま眠ってしまっていた。






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