God bless you!
悪かった悪かった。謝るからさ。機嫌なおそ♪
遅い。
30分くらいだろうか。それでも長く感じた。
せっかくのファイター魂が消失したらどうしてくれるんだ!
このままスッぽかして帰ってやろうか!フザけんな!殺すゾ!
どんなに威勢のいい言葉を並べても、結果的に、俺は右川に待たされている。それを思うと、ますますイライラしてきた。
試合の終わった体育館では後片付けが始まり、両チームのキャプテン同士は仲良く談笑中。そんな体育館のド真ん中で、俺はボールを片手に、仁王立ちで構えている。
右川が……いくら待っても、やって来ない。
時間を持て余して、たまにボールをバウンドさせていると、すぐ側を黒川やノリが無言でモップを走らせてゆく。全く手伝おうとしない俺を誰一人責めず、先輩すらもどこか怯えながら避けるように横をかすめていく様は、不思議と言えば不思議、異様と言えば異様であった。
体育館の入口扉が大きく開いたと思ったら、お待ちかね、右川の登場である。
長髪ヅラ姿、ヒラヒラ、その程度のヒールの高さで身長をカバーできる訳ないだろ。
「今日はイベントだーい♪」と、顔を蒸気させて、嬉しそうに笑いながらやってきた。何やら優雅にお買い物なのか、その両手には紙袋がぶら下がっている。
こちらに向かってくるその途中で、右川は堀口を見つけて逆ピースのポーズを取り、強引にシャッターを切らせると、「それ、あたしのスマホに送っといてね♪」と陽気に笑った。
再び歩き出したものの、途中でまた見知った顔に会い、「右川じゃん。あれ?何か今日可愛くない?」と煽てられて、「でしょ♪」と無駄に気を好くしている。そう、全く無駄だ。
すぐそこまで近づいてからも黒川を見つけ、ノリには見つけられ、
「勝ったんだって?よかったじゃ~ん♪」と、極上ハイタッチ♪
嬉しそうに笑うノリもノリだ。黒川、おまえなんか最初から無関係だろ。
肝心の、呼び出した当人である俺をすっかり忘れ去った態度に、ますますムッときた。
ま、いいだろう。
笑っておけ。
おまえが笑えば笑うほど、俺の怒りのボルテージは上がるのだ。
右川は、やっと俺の目の前に現れたかと思うと、開口一番、
「お礼なんかいいのに♪」
アホか。
「いい気になるな!」
「だーって、この勝利は、アキちゃんのギョウザ・パワーと、あたしのハッタリが効いたって事でしょ?」
「ハッタリ!?」
そこは聞き捨てならない。
「ハッタリとか言うな!あれは約束だ。確か俺が勝ったら、おまえ学校辞めるんだったよな」
「あんなの嘘に決まってんじゃん。マジで信じたの?ちょっとそれウケるんだけど」
右川が手を叩いて、ケケケ♪と笑うと、紙袋までが一緒になって俺をコケにするのか、ガサガサゴソゴソと陽気に揺れる。
「冗談にすんな!俺にバレー部辞めろって、おまえ、そこまで言ったんだぞ」
「わ、めっちゃ怒ってんだけど」と、右川は、いつのまにか俺の側にやってきていた朝比奈に投げ掛けて笑いを誘った。「本当だ、すごいキレてる」なんて、ちゃっかり誘われて笑う、朝比奈も朝比奈だ。大活躍の彼氏を放っといて、今までどこにいたんだ!頭に血が昇ってクラクラした。
「何途中で帰ってんだよ」
「だぁーって、色々と準備があったからさぁ」と、手はスマホを操る。画面に釘付け。「げっ、もうこんな時間だ」と、俺の言う事なんか全く聞いていない。
「約束した以上、おまえは最後まで勝負を見届ける義務があるだろ」
「あー、はいはい」うるさい虫でも追い払うように、右川は空を仰いだ。「ごめぇーん。すまんのぅ。さーせん。悪かった悪かった。謝るからさ。機嫌なおそ♪どうせ負けたって部活辞める気なんか無いでしょ?」
「ふざけんな!」
つい、持っていたボールを右川めがけて投げつけた。
本気で当てるつもりはなく、足元を弾いていくと思いきや、それがズバリ頭に当たってしまう。上から見下ろした右川の頭に、軽く、ほんとに軽く……しかし、いい音がした。
見るも無残にヅラが大きくずれて、その下の毛玉が丸見えになる。外れたリボンが、はらはらと床に一つ二つ……次第に、右川の顔つきが変わった。
「もお!あたし、頭叩かれんのが1番頭にくるんだけどっ」
右川の付けまつ毛が外れて、ヒゲの位置に貼り付いた。「汚ったねぇ」この非常事態に有りながら、そこはうっかり笑いそうになる。
「もう!」と、右川が地団太を踏んだ。「これ付けるのに1時間も掛ったのにっ」
ヒゲまつげを外して、小刻みに身体をぶるぶると震わせながらキレる右川を見ていると、おかしな話だが、何だか気分が高揚してきた。体力回復のゲージが爆発的に満ちてくるのを感じる。「ざまーみろだ」
「どうしてくれんの!自分でセット出来ないのにっ。頭すんげー金掛ってんのに!」
「何も詰まってない頭に無駄な金なんか使うな!」
「あーあーあー!あんたは頭が詰まってんだね。それで体が重くてジャンプが甘いんだね。怠けてんの?全然跳べてないじゃん。あの程度でよくそんなドヤ顔できるね。なんちゃってが過ぎるよ。舐めてんの?それとも頭詰まっても性能悪いの?」
カッときて、つい手が出そうになった。立て続けにまくし立てられている間中、一言も挟めない。イライラするだけ。矢吹先輩がトラブルを聞きつけて、嬉しそうに近づいてきたおかげで、(一応)女子相手に本気を出すわけにもいかないと考える余裕だけは生まれる。
「ジャンプが無くたって背丈はあるからな!おまえなんか絶対無理だろ」
思えば、これは矢吹先輩に、いつも言いたくても言えなかった台詞である。
「試合に出れねー部外者が実力もナニも無いくせに、文句ばっかり言ってんじゃねーよ!」
先輩を横目に聞こえよがし。何を的外れな事を言ってるのかと少々混乱する右川を目の前に、気持ちよくスラスラと出てきた。
ついでに最後の切り札まで。
「この、くそチビ野郎!」
その途端、まるで釘で打ちつけられた藁人形のように右川が無表情になった。
不気味な沈黙が流れる。
凍りついた表情で固まっている矢吹先輩に、俺は一瞬、気を取られた。
「チビとか言うなっ!」
一瞬の隙を突いて、右川が俺に向かって体当たり。小さいとはいえ、勢いがある。その頭突きが俺のみぞおちに決まり、まるでノックアウトを喰らったボクサーのように、俺はその場で派手に倒れた。
にゃははは!と、右川が豪快に笑う。
「これが右川のジャンプだよーん」
……痛い。
頭を嫌というほど強く打った。肘も打ちつけた。ゴキッ、と今まで聞いた事のない音がした。
「たいして痛くないでしょ。こっちは詰まってない頭なんだから」
「痛いぞ!」
「あんたいつも大袈裟なんだよ。うわ、こいつ泣いてる。マジで?ちょっとそれウケるんだけど」
「泣いてねーよ!」
タイムリーな間合いで、右川のスマホが、にゃあー!と鳴く。俺の周りでドッと笑いが起こった。
「何だ何だ。どうしたどうした」「コントだってばよ」「びよよよーん」いつの間にか……この様子をみんなが見物している。さっきまで凍り付いていた筈の矢吹先輩が笑っている。ノリも工藤も、当然、黒川も。朝比奈までも。
くらくらした。あまりの不甲斐なさと悔しさで、うっかり本当に涙が出そうになったじゃないか!
右川はヅラを片手で整えながら、こっちを忘れきった態度でスマホ、通話を繋ぐと、「アキちゃん?ジャック買ったよぉ。アイスもね。待っててね。もうすぐ帰るから♪」
……こんな所で泣くな。
今はもう、立ち上がれない。テンションは試合の振り出しに逆戻りである。
痛むみぞおちをグッと押えながら、心に誓った。
この次に会ったその時は……おまえを絶対に殺す!
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