God bless you!
「右川さんって、可愛いの?」
「チビ、今そこにいた」
それを聞いて、またいつかのように、うっかりコアラを吹き散らす所だった。
バレー部の1年メンバーである俺、ノリ、工藤と黒川の4人組は放課後、一旦4組の教室に集合。ここからみんなで連れだって部活に向かうのが習慣になっている。
まだ来ていないノリをぼんやりと待っていたら、突然に右川カズミの存在を知らされて、慌てて辺りを窺ったけれど、やっぱり時すでに遅く、それらしい者は見当たらない。
「ちゃんと教えてくれよ」
今度こそ。
実の所、右川カズミに会わなければならない理由が出来たのである。
その右川カズミが1組の環境委員に名乗りを挙げているからだ。
この5月より月一回、環境委員が仕切って校内外のゴミを拾って回るという活動があるらしい。「この通知を、各クラスの環境委員に配っておいてくれないかな」と2年の松下先輩から頼まれていた。
「清掃活動ぉ?」
ここ4組の環境委員でもある黒川アツシはメガネを掛け直し、無造作に1枚を取り上げて、面倒くさそうに見入った。都合良く、黒川には渡ったということで、4組にチェックを入れる。
この黒川アツシは、俺とは中学からずっと一緒というヤツなのだが、メガネと嫌味と皮肉で出来上がっているような男で、やること為すこと、何かと文句を言っては難癖を付ける。
「ポスターでは自由参加って言っといてさ、環境委員には各クラス最低3名は出せって言うんだぜ。こんなの詐欺じゃねーか」
黒川は、有名私立を蹴って地元高校に決めたという経緯を、たまに武勇伝のように語る。それがかなりムカつくけれど、頭の良さは認めてやる。認めてやるから、「3人もどうやって見つけろっつんだよぉ」と愚痴る前に、効率よくメンツを集める事にその頭を使え。ま、環境委員は強制的に参加する事になるだろうから、ここは静かに捨て置いてやるよ。
1組の右川は元より、まだ渡っていないクラスに目を通した。そう言えば……俺はこの所、2年の松下先輩から、よく配り物を頼まれる。放課後は入ったばかりの部活に忙しく、雑用を手伝っている暇はないのだがコレばっかりは断れない。2年の松下先輩には中学の頃から世話になっていて、これまた同じバレー部の先輩だからだ。聞けば、松下先輩は、生徒会の書記を1年生の頃からやっているらしい。
「入ってすぐ?1年で生徒会?なんか変じゃね?」
黒川と同様、最初聞いた時は俺も不思議に思った。
聞けば、毎年行われるのは会長選挙のみで、総理大臣の内閣指名よろしく、他の役員は選ばれた会長の権限で勝手に決められ、毎年どの学年からも1名は任命されているらしい。1年生で松下先輩が入ったのはそういう経緯なのだ。今期、双浜高執行部では、未だに2人目の書記が決まらないとの事で、「よかったら、一緒にやらないか」と実の所、俺は松下先輩から誘われている。俺が中学で生徒会に関わった事を知っているからだと思う。そのとき俺は副会長だった。会長がトボけた野郎だったおかげで、こっちは死ぬほど忙しい目に合った。
本来なら入学式の代表挨拶だって、その会長野郎がやるはずのものを、「そういうのは沢村が得意だからさ。へへ」と当然のように俺に振ってきた。生徒会に関わると、似たような面倒な事が次から次へと降りかかってくる。忙しい先輩の気持が痛いほど分かるとは言え、高校に入ってまで生徒会だけは断固避けたい。丁重に断った。もう絶対に学校政治とは無縁でいると決めている。
せめて先輩を手伝うぐらいはと、これからなかなか会えない右川カズミを始め、それぞれの環境委員にこの書類を渡して回るのだ。そういう訳で、部活は遅れるとみんなに伝える。
「何でもいいけど早く出て来いよ。また矢吹からイジられんだろが」
汚れたテーピングを荒っぽく引き剥がしながら、黒川がボヤいた。
矢吹というのはバレー部の3年で、レギュラーの座を危うくする後輩を快く思わない先輩である。その矛先は俺と、それを聞いて急に怯え始めた隣の工藤だった。今度の練習試合において、俺達2人は過度の期待をかけられ、3年2年にまざって一部出られることになったからだ。
「オレを差し置いて」とばかりに、矢吹先輩はそれが気に入らないらしい。
最近その怒りの矛先は俺達だけじゃなく、ノリや黒川にも及んでいる。直接、俺達をイジるだけに飽き足らず、無関係な周りをイジって、俺達を孤立させる魂胆なのかもしれない。マジ胸クソ悪い。またこの黒川というヤツが、「おまえらのせいで、オレまでが」と、どこまでも仲間を責める態度である。仲間に対して、同情も理解も血も涙も無い。その黒川が「貸してみろよ」と俺が束ねていた書類をもぎ取った。止めるのも聞かずに教室を出て行く。戻ってきた黒川の手に書類の束は無い。
慌てて、どうしたのかと尋ねると、
「堀口が暇だから、頼まれてくれるってさ」
黒川がアゴで示した廊下に目をやると、書類を抱えた1人の男子が居た。
恐らくその堀口という男子だろう。一度だけこちらを見て、書類を抱えたまま足早に去っていく。
小太りでトロい雰囲気。しかし真面目そうなヤツには見えた。書類をいい加減に放り出す事は無いように思える。どこかで見掛けたら……まぁ、礼ぐらい言っとこう。確かに、理由如何を問わず、部活に遅れると、矢吹先輩から嫌味を言われるから。黒川の半ば強引な手口だったかもしれないけど、正直助かった。
その堀口と入れ違いにノリがやってくる。
「遅っせーんだよ。矢吹にイジられたらどうしてくれんだよ」
おまえらのせいでオレまで!と、しつこく主張する黒川の頭をパチンと叩いて黙らせた。
みんなで連れだって部室に向かい、まだ先輩軍団が来ていない事に安堵して裕々と着替える。
「そういや、さっきの堀口。あの右川と親しいんだよな」と黒川が言った。
「それって、彼氏って事?」
「あれが、女いる顔に見えたか」
そう言われて見れば、堀口という男子は遠目で見ても、本当に同世代なのか疑いたくなる程に幼い風貌だった。男子の割には背も低い。右川カズミとは、どういう知り合いだろう。
「右川さんって、可愛いの?」
常日頃、抱いていた疑問を、ようやくここで投げかけた。
背中合わせに着替えていたノリと腕がぶつかって、コメントを求められたと勘違いしたらしい。
「1組では女子が、にこるんに似てるとか言ってるよ」
「それは単なるバカって事だろ。オレには昆虫にしか見えない」と黒川がメッタ斬り。
「酷いなぁ、もう」と、そこでノリは少々考えて、「僕的には、右川さんは、ショートカットの有村架純かな」と心底嬉しそうに笑った。それが本当なら、「悪くないじゃん」
「違げーよ!」「全然違げーだろ」と、黒川と工藤は同時にブーイングを発したけど、右川カズミと同じ1組のノリが言うんだから、それが確実で間違いない気がする。(黒川のせいで)知り合うチャンスをまた失ったけれど、いつかお目にかかるのが今から楽しみだ。
その右川カズミが学校を辞めるとかいう、あの驚きの一撃だが。「あれってどうなったの」と事の真相を問い正すと、「今頃、まだそんな事言ってんのかよ」と黒川に面倒くさそうにあしらわれた。
「辞めたのは学校じゃなくて、何かの習い事らしいよ」と、ノリから丁寧に教えられる。
現在、右川の会のホットな話題は、「右川の制服のポケットには常時100万円が入っている!」だそうだ。数学の100点とポケットの100万円。2つの100が、俺の頭の中で交差する。よく考えたら、どちらの話も出処は工藤だった。つまり、どちらの信憑性もすこぶる怪しい。
というのも、この工藤ケンジというのがかなりレベルの高い鈍感であり、昔からやたら勘違いが多いのだ。工藤の言葉通りを信じているとバカを見る。これまた小学生の頃からの腐れ縁だった。
その工藤が着替える手を止めて、何やら探し始めた。「あれ?自転車のカギが無いんだけど」と、さっそく大騒ぎ。優しいノリを巻き込んでカギの大捜索大会に発展しているけれど、「落ち着けって」
恐らく、カギはちゃっかりとその手に握られている。誰かが工藤の頭をパコンと叩いた。容赦ない音から察すると、黒川だろう。それに弾かれてカギが、ちゃりん!と転がって……閑話休題。

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