僕の知らない、いつかの君へ
◇9◇まだ君のことは知らない





森田と美貴が高校を卒業し、菜々子は日本を飛び立った。

森田は関西の大学リーグで活躍するようになり、姉貴は国立大に進学した。

俺は三年生になり、菜々子のいない寂しさを誤魔化すように、ひたすら受験勉強に集中するようになった。
菜々子から俺に連絡が来ることはなく、俺も菜々子に連絡を取ろうとはしなかった。

菜々子のいない一年はあっという間に過ぎ、俺は第一志望の私立大に合格した。
高校の卒業式では中岡やクラスの仲間とはしゃぎ、別れを惜しみあった。
七瀬さんとは最後に記念写真も取り、誰もが「寂しいね」と口にしていたけれど、俺は誰と別れる寂しさも、菜々子がいなくなった寂しさに比べればなんでもないように思えた。

大学に進学してから、七瀬さんと中岡が付き合い出したと風の噂で聞いた。中岡がやけに自慢気にTwitterやタイムラインに七瀬さんとのラブラブな写真を載せたりしているんだとか。
それなりに有名な大学に進学した俺は、普通に友達もでき合コンみたいなやつにも誘われれば参加したりした。
女の子に言い寄られることもあったけど、どこか乗れない自分がいて、付き合うまでにはいたらなかった。

相変わらず菜々子は自分の現状をSNSで報告したりすることはしなかったし、せっかく海外でも無料でやり取りできる通信アプリも使っていないようだった。どこへ行っても菜々子は、菜々子のままなのだろうと思った。
引っ越したりして住所が変わると、その時だけは、菜々子は俺に手紙をくれた。

短い手紙だったけど、書き出しはいつもこうだった。
『慶太くん。読んでくれるかどうかわからないけれど、手紙を書きます。返事はいりません。言ったよね、わたしはそういうのが好きだって』

俺は返事を書こうか迷ったけれど、いつも書くことは出来なかった。手紙を書くと、菜々子のことがまだ好きで、会いたいと書いてしまうに決まっていたから。

そんな風にして、二年が過ぎ、三年が過ぎた。

森田が念願のプロ野球入りを果たしたその年、なんの前触れもなしにふらりと俺に会いにやって来た。




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