風薫る
「私、もう一つ傘あるから貸すよ」


これが言いたかったのだけれど、タイミングを逸してしまっていた。早く言えばよかった……!


「ごめん、ありがとう。借りたいです」

「うん。いいの、私が帰り一人だと寂しかったり怖かったりで嫌なだけだから」


一緒に帰りたいのは私の我がままだ。


こちらこそ、何だか申し訳ないくらいだった。


ごめんね、と謝ると、黒瀬君に苦笑いされた。なんでだ。


聞いても教えてくれなかったし、考えてもよく分からなかったし、諦めて大人しく鞄を探る。


よし、あった。


「はい」


手渡したのは大きめの折りたたみ傘。これなら黒瀬君にも使えるだろう。


「木戸さんの?」


頷くと、ちょっと意外、と言われた。


「なんだか男ものみたいだね。ゴツいというか」

「うん、実はそうなの」


返すときに、無意識でわずかににじんだ感慨を、黒瀬君は聞き逃さなかった。


「何で男ものにしたの? これ以外に売ってなかったとか?」

「荷物が濡れないことを最優先にしたら、そのお店の一番大きい傘がそれだったの」


休日に買い物をしていたら突然雨に降り込められて、慌てて近くのショッピングモールに駆け込んだ。


たくさん本を買った後だったし、突然のお天気雨だから、雨の日なら書店で紙袋の上からかけてもらえるビニール袋もかかっていなかったし、傘も持って来ていなかったし、本当にあのときは焦ったよ……。


それで、とにかく荷物が全部濡れないくらい大きい傘を探したのだった。
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