風薫る
「木戸さんのお店の範囲って……」

「物件一つだよ。あのときはショッピングモールを全部探したの」


そうしたら、私が買える予算内で一番大きい傘は折りたたみ傘だった。


普通の傘はもちろん大きいものがたくさんあったんだけど、急場しのぎにはちょっと高かったので、それは置いておいて選んだら、完全に男ものの傘になったんだよね。


小さく黒瀬君の肩が跳ねた。くすくす笑い声が降る。


「木戸さんらしいねえ」

「ありがとう。でも男ものなのはやっぱり気になっちゃって、新しいものを買い直したの」

「そっかあ、それは災難だったねえ」

「災難だったよー、本が無事でよかったけれど」


何があるか分からないので、あれからできるだけ折りたたみ傘を持ち歩くようになった。

鞄に余裕があるときは、たくさん本を借りてもいいように、大きい方の折りたたみ傘も入れるようになった。


「でも、買ってよかったよ」


今まではちょっと悲しかったけれど。無駄にしてしまった、としょげていたけれど。


主に出費とか、出費とか、出費とかが悲しかったんだけれど、今こうして黒瀬君の役に立っているんだからいいことにしよう。


今日を思ったら報われる。これからだって大丈夫。


顔を上げる。
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