風薫る
とんとんと肩を叩かれて、読書中の私は振り返った。


「黒瀬く」


……ん、だ、けれど。


「…………」

「ぶっ!?」


呼び人は黒瀬君ではなく瑞穂だった。


「ちょ、彩香……っく」

「っ」


肩を震わせる瑞穂に、笑顔が凍る。


盛大に噴いた瑞穂は、誤認だという事実をようやく認識し、途端に真っ赤になって机に倒れ込んだ私に向かって爆笑したのだった。


忘れていた。そうだった。


今は読書中とはいえ、授業と授業の間の休み時間。

図書室でも何でもないのに黒瀬君がいるはずもない。


……や、やらかした!


悶える。耳は赤である。


最近、肩を叩く人といえば黒瀬君、読書といえば黒瀬君、というような黒瀬君三昧の生活を送っている余波に違いない。


影響は思いの外深刻だ。


「黒瀬君って、黒瀬君って……!」

「っ」


瑞穂は絶賛爆笑中である。ひどい。


「あたしと間違えるって……!」

「……っ」

「しかも満面の笑みって何! やばいどうしようすっごい面白い!」


私の肩をべっしべっし叩く瑞穂。


恥ずかしい。恥ずかしいったらない。
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