風薫る
しばらくして、落ち着いてから。


行こうか、といつも通りに声をかける。


鞄を整理して立ち上がった木戸さんが、歩き出した俺の袖を引き留めた。


「どうしたの?」


振り向くと、木戸さんは真剣にこちらを見上げていて、俺の呼びかけに一拍置いて、あれ? なんて首を傾げた。


無意識のことで、特に意味はなかったらしい。


取り繕うように、えーっと、と首を傾けたままとりあえず繋いで。


「これからもよろしくお願いします……?」


不安そうにそんなことを言うものだから。


「こちらこそよろしくお願いします」


木戸さんらしい失敗に思わず笑みがこぼれる。


無意識に引き留めてくれたのは嬉しかったし、よろしくお願いします、は変化球すぎて笑ってしまったけど、面白かったし。


その返答でいいんじゃないかな、の意味合いで頷いた。


今だに捕まったままの袖をそっと外して、流れに任せて手を木戸さんの頭にのせる。


さらり、指通りのいい髪を緩やかにすいて、ついでに屈んで。


「八十点」


耳元で囁くと、えええ、と木戸さんが唇を尖らせて不満を訴えた。


「せめて八十五点……!」

「駄目。あげない」

「ひどいよ黒瀬君……」

「だってよろしくお願いしますって面白すぎでしょ」

「うっ」


他愛もない会話が、ひどく心地よかった。
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