風薫る
くろせくん。


「お願い、待って」


わたわた慌てながら、あのね、あの、と何度も繰り返した。


「あ、の」

「うん」

「私も嬉しい、から、……その」


木戸さんは困った顔をした。続きをどうするか悩んでいるらしい。


見切り発車の遮りは、俺のためだ。


俺が謝らないようにするために。そのためだけに。


とっさの言葉でも、謝らないで、なんて言わなかった。


木戸さんは、こういうところが。

本当に、こういうところが。


すごいなあ、と思う。優しすぎるなあ、とも思う。


「……ありがとう、木戸さん」


向き合うと、ゆっくり繋がった瞳に少しだけ戸惑って動きをとめて、それでも俺の発言にはすぐさま頷いて。


「こちらこそ、ありがとう」


木戸さんは、小さく小さくはにかんだ。
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