Sweet Love
***



 あれから帰宅したわたしは、真っ直ぐリビングに向かった。室内に入ると、キッチンにお母さんが立っている。一方、お兄ちゃんの姿は見当たらなかった。



「ただいまー」



 背を向けていたお母さんは、こちらに振り向く。



「おかえり。遠足どうだったー?」

「ま、楽しかったよ。でもやっぱり、山登るのはきつかったかも」



 明日になったら筋肉痛になるかも知れないわね、とお母さんは声を上げて笑う。



「今日はゆっくり休みなさい。…明日休みよね?」

「うん。休みだよ」



 わたしはリュックからお弁当箱を出し、それを手に持ちながらキッチンに向かった。


 流しに下げてから、さり気なく圧力鍋の蓋を開けて中を確認してみる。


 覗いていると、お母さんが横から「豚の角煮よ」と呟いた。



「……ねえ、お母さん」

「なあに?」

「今日のお弁当作ったの、誰?」

「誠二」



 ――えっ……!



「何で?」

「…朝早かったから、頼んじゃった」



 満面の笑みで、お母さんは言った。



「……わたし、今日お腹痛くなったんだけど」

「…本当? 何か悪いものでも入れたのかしら…。保冷剤は?」

「…それは入ってた。……わたし、着替えてくる」



 ――やっぱり、…兄ちゃんのせいじゃん。

 …許せない。



 階段を上がっている間、怒りが沸々と湧き上がり、上る足音も荒くなっていく。


 自分の部屋のドアを開け、リュックを乱暴に置いたあと、わたしは兄ちゃんの部屋の前で立ち止まった。



「……兄ちゃん」



 ドアを力任せに強くノックしてから、わたしはドアノブを一気に引いた。
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