夜夜が青春
あの時のライブが猿の真似事だって言うなら、別にそれでもいい。心を動かされたのは事実なのだから。
「おーい、凛ちゃん」
その一声で我に返った。
「どうしちゃったの、そんなにテレビに釘付けになっちゃって」
現実に引き戻された先は、東京の小さな居酒屋の店内。
カウンター席、左隣に座るのは会社の上司である梶井さんであり、先の声の主だ。
「あぁ、このバンド前から噂になってたわよね、解散するって。」
と、小皿にのった枝豆をつまみながら興味なさげに呟くのは、先輩であり立花が社内で一番頼りにしている女、三輪慶子。立花の右側に座っている。
「なに、もしかして凜ちゃんコレ好きだったの?」
左手で枝豆を持ち、右手の人差し指をテレビのほうに向け、まさかと言いたげな目で三輪は立花の顔を見る。
「いやいや、まさかそんな。名前くらいしか知りませんよ」
実際このバンドは名前しか知らなかったし、興味もなかった。ただ、人間がギターを首から下げているだけで、どうしてもあの時の記憶が蘇る。
あれから5年余りが経ち、立花は23歳。
新社会人としては半年と少しが経ち、都内の有名製薬会社の営業部として日々オフィスに籠る生活もかなり慣れた。
「ま、今日は十分飲んだっしょ。金曜だし凜ちゃん疲れてるだろうから、お開きお開き」
と言って、梶井さんは背もたれの上着を手に持ち、あたりまえのように伝票をかっさらっていった。
「わお、男前」
ひゅー、と口笛を鳴らした三輪さんも席を立った。それに続いて私も慌ててすみませんと言い席を立つ。
少し引っかかる引き戸を開けると、11月上旬の夜の肌寒さが身を包んだ。
良い休日をと言って先輩二人はふらふらと再び夜に染まってった。
一方私は踵を返して駅へと向かった。